「ノボリ、これもう食べれるかな」
クダリはいつもの屈託のない笑顔に少々の疑問符を浮かべながらこちらに近寄ってきた。こういうクダリのひとつひとつの所作がわたくしは好きだ。小動物を彷彿させるような愛らしい動きに思わず笑みが浮かんでしまう。
「どうしたのさ」
「いいえ、なんでもありません。そうそう、」
クダリの手から果物をさらうと、僕のだから食べちゃだめだよと要らぬであろう念を押されてしまった。いやはや、わたくしがあなたのものを取ったことがあるだろうか。あなたのことをこんなにも大切に想っているというのに。こんなにも胸が痛いというのに。
「これは・・・どうでしょう」
「うーん・・・僕もこの色はちょっと危ないかなあと思ったんだけれど。美味しそうじゃない。だから、味見だけでもって」
「こんなに、青々としてらっしゃるのに。取ってきてしまったのですか」
「少し青くらいが美味しいんだよ」
「それは・・・、また適当なことばかりおっしゃって」
しかし、クダリが美味しいと言えばそんなような気がしてきてしまうのは何故だろう。説得力のある説明などクダリは滅多にしない。本能で動き、話し生きる。
わたくしはもう、そのような生き方を忘れてしまった。自身らしく生きる方法など、誰に教わったのだろうか。真似のできない意志処理をクダリは持っていた。
「食べちゃいたい」
「おなかを壊しますよ」
「えー」
クダリはあまりにも正直者過ぎる。不満があれば、不満のある顔を貼り付けて文句を言う。その正直さが仇とならないのはなぜなのだろうか。
かくいうわたくしも、クダリの正直さが眩しかった。光に包まれながらも、影を落とすことのできるきれいな言葉を思えば、どんなにクダリに罵られようが構わないとさえ思ってしまう。あの不思議な魔力に、どんな感情もきれいに溶かされてしまう。
「それじゃあ、」
クダリがわたくしの方に倒れてきた。フローリング張りの床に背中は悲鳴を上げる。
「急にのし掛からないでくださいまし」
「んー、ちょっと黙っててよ」
この笑顔は偽物だ、と直ぐに分かった。いや、解ったと言うべきか。
「あーん」
大きな口を開けた、大嘘吐きに食べられてしまう。危機感など感じなかった。
あなたの腹におさめてもらえるなら、それも本望だ。いっそう、この世から食べられて消えてしまいたいくらい胸が痛い。
そもそもあなたのその行為一つ一つに意味はない。しかし、わたくしを惑わす力くらいはあるのだ。無自覚ないたずらにこんなにも心臓が破裂しそうなのに。
「クダリ、」
ぐいっ、と相手の顎に手を当てて押す。目を開いて驚いた顔を表した。ああ、これは本当。
「クダリがわたくしを溶かしてください」
溶かして、この感情を解かしてそれからあなたとそれを答え合わせしましょう。
溶けて傷むのでしょうか、解けて痛むのでしょうか。
「これは、××でしょうか」
溶けて
い
た
む
(まだまだわたくしも青い、)
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30000打、そして有さんすてきなタイトルありがとうございました!