ブラックにNが別れを告げてから、月日は流れた。滝の雄々しい水のように流れ落ちた。ブラックにとってはじめての長旅には得たものの代わりに失ったものもある。
得たものは強さ、仲間、信頼。失ったものは、言葉に出していなければ自然と消えていってしまうような気がして、ブラックはよくあいつ、のはなしをするのだ。
花々が初々しく咲き乱れる、パレットをぶちまけた色に囲まれてブラックはどんどんと足を進めていく。
「ブラック、待っていたよ」
「ブラック、早くおいでよお!桜が散っちゃうよ」
「一気に花びら共々散りゆくわけじゃないんだから、大丈夫だよ、ベル」
チェレンとベルはレジャーシートの上でのんびりと座っていた。その上には四方から舞う花びらが春を呼んでいるような気さえする。ああ、あいつがいなくなって二度目の春がきた。
さようならということばを残して消えていったミント色が、この桜色にうまく混ざる。ああ、視界が悪い。思考は儚い。
「遅くなった。ごめん」
「いいよお!それよりも、これ!いちごサンド!あたしが、」
「僕が作ったんだ。ちょうどいい時期だろう。あまり甘すぎないように作ったから、多分ブラックも気に入ってくれると思う」
「む、あたしだって、作ったもん」
ベルが頬を膨らませながら、チェレンに抗議した。
「さあ、座りなよ」
チェレンがブラックの手を引いて、レジャーシートの上にみんなで座った。
ふらっと、いつか現れると思っていた。あのさよならは本当のさよならではないと確信していた。俺がなにを信じようが、それが必ずしも正しくなるわけではないと分かっていた。
「思い出すねえ」
「なにを?」
ブラックはベルにふわりと問いかける。
「さんにんではじまったじゃない!ここで新しい一歩を踏んだんだよねえ」
「ああ、覚えてるよ。君もだろう、ブラック」
「うん。三人で」
一息ついて、三人でともう一度言葉を発する。
「三人、か」
三人なんて、馬鹿を言ってしまうようじゃやっぱり俺もニンゲンだな。
「三人、だったっけ」
「もう、なに言ってるのお」
「数の数え方、忘れたのか」
チェレンとベルはもっと大切なものを忘れている。
さようならは、別れの挨拶なのだとなんら意識していなかった。さようならは、また会うための約束のようなものじゃあないか。守れない約束なんてするな。さようならなんて言うな。
「ああ、そうか」
「ええ!なになに」
「あいつか。あいつも、そうだな。この季節に出会った」
「チェレン、」
そう、三人だけではじまった旅ではない。確かにあいつはここにいた。
「だから四人、だろ。馬鹿」
ようやっと、ブラックは微笑むと、桜が舞う下でいちごサンドにがぶりと噛みついた。
四月馬鹿
(110401)