「あたしはあいつがキライ」

こんなことを言うためにあたしは我が弟(と言っても双子だから、年は変わらない)と顔を合わせにきたのではない。少なくとももっとはなしをするとしたなら、穏やかでお互いの旅の話に花を咲かせたかった。
あたしにとってブラックは誰にも、いや、何にも代え難い存在だ。なぜこんなことを思うのか。
それは多分、あたしの母さんのお腹の中にいれば分かるはず。暖かくて優しくて、慈愛に満ちた液体に守られ、その中で共にしてきた命。あたし自身に記憶こそ無いけれど、ブラックと共にしてきたあの時間で確かに見えない繋がりを手にしたのだと思う。
あの時間を手にすることは、母さんの中にいなければ成立しなかった。あたしがブラックと意識的に出会ってからもう何年も経つ。それでも未だにあの繋がりが切れていると考えても思ってもいない。例え長旅で体こそ離れていたものの、こころは繋がっていると思っていた。
しかし、今は違う。
お互いに他者と関わり合うことで、価値観も変化する。ぶつかることもある。それを頭では理解していたはずだった。


「まず、あいつの考え方がキライなのよ。気にくわない。世界が自分中心に回っているとでも思っているのなら、とんだ勘違いよ。あいつの脳みそは、あのだらだらと伸ばしきった髪に全部持ってかれたのよ」
「言えてるかもしれない」

以前と変わらない笑顔の中の変化をどう読みとれと言うのか。
ブラックは帽子を深くかぶりなおして、なおも薄い笑みをした。声を上げて笑うことがない弟の最上現の笑顔だと理解していた。かわいい弟の笑顔が見られたことをさっ引いたとしても、あいつのはなしとなれば別だった。
あたしはブラックの笑顔につられて、自然と頬がゆるむときがあった。だが、今は状況が違う。正直、その笑みすらあいつに向けたのではないかと考えただけでも腹が立った。変わりに、ブラックと同じ仕草で帽子を深くかぶり、なるべく汚い思考が露呈しないようにした。

「でも、姉さん。俺、あいつがどんな気持ちでいるのかもっと理解してやらなきゃいけないと思うんだ。理解・・・はまあできないと思うけど、あいつ、あのままだとこっから消えちゃう気がする」

「だから、俺」と続けているなんともないことばは、空気中にきれいに溶けていった。それくらい、何気ないようにあいつのはなしをするブラックはなんだかうれしそうだった。

「俺は、あいつの寂しい部分だとか、足りない部分だとかがよく分かる気がしたんだ。俺もあいつが気にくわないけど、それでもこの世界から追い出すような真似はしたくない」
「ブラックが思っているほど、あいつはブラックのことなんて思っていない。絶対そうよ。あたしには分かるの。
あんたが思っているほどあいつはやさしくもないし、きれいでもないの」

あたしと比べたら各段に共にしてきた時間が少ないのにも関わらず、なぜあいつを理解しようとするのか。あたしのことばは理解しようとしないのに、だ。
そこには男同士の熱い友情だとかが垣間見えているわけでない。精一杯のブラックの感情が手に取るように分かる。なんとかしてやりたいという傲慢な思考でなくて、なんとなく受け入れてやりたいという度量が広いやさしさだけを感じた。

「ブラック、あたし、あんたのこともキライ」

ぽっ、と放ったことばはブラックのことばのようには消えてくれなかった。ブラックに放ったはずの銃弾はわたしに当たった。おかしなはなしだ。この年にもなって、自身の思考の処理もできないとは。
ブラックは顔を伏せた。
いや、ブラックが顔を伏せたのではなく、あたしが伏せた。同じような顔で多分いるあなたを見つめることがこわい。ブラックを傷つけてしまった。全部あたしが悪い。
でも、あたしは、ただ、あいつが気に入らないだけで。違うの。ねえ、双子よね?あたしたちはいつも分かり合っているわよね。

「そっか。でも、ボクは姉さんが好きだから」

いままで見たこともない悲しそうな笑顔はなんともきれいな青色で、すごくすごくきれいだった。そんなのどこで習ったの。
キライなんて嘘よ。あいつはなんだってあたしの周りから奪ってく。あの子の純粋な笑顔だって、健全な思考だって、あの子自身だって、全部全部全部。 嗚呼!あんなミント色大キライ!


蝕まれる色
110126
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