「いる、いらない、いる、いらない」
「ノボリ、なにしてるのさ」
「ああ、見ての通り清掃です」

ノボリが腰を屈めてゴミを革手袋一枚を隔てたきれいな指先で、紙で中途半端に包まれたガムを、ねとおとコンクリートから剥がした。

「うわあ、汚い」

ぬとお、だかねとお、だか気持ちの悪い人工のゴムの伸びが堪らなく気持ち悪く感じた。それは人間の執着心に匹敵するようだった。必要のない力を多大に使って、意味のない周囲への不快感を喚起させる。あんなものをよくこのきれいなノボリのプラットフォームに落とせたものだ。

「あのさ、ノボリ、ゴミに必要なもんなんてあるの」
「当たり前じゃないですか。ほら、このビニール傘なんてどうですか。まだ使えます」
「確かに、置き忘れとかじゃないかもしれないけどさあ。他人が触ったものって汚いじゃないか」
「そうでしょうか?」
「うん、まあ、ノボリがいいならいいんじゃない」

ノボリは近くのゴミ箱から引っ張り出してきたビニール傘の柄の部分に手を掛け、前へと力を込める。ばたんと盛大な小さな爆発音を上げると5本の骨組みが支える透明な傘が開いた。その傘にも小さなゴミかすがついていたようで、開いた拍子にクダリの顔にそれが掛かった。

「汚い、」
「ああ、クダリ!すみません!」
「うーん、汚い」

透明なくせに、その傘のこころは濁っているのだろうか。くそ、わざわざ顔にゴミなぞ飛ばすなよ!悪態をつきそうになったクダリは片手で顔からゴミを払いのけ深く呼吸をした。

「これで雨を凌げる人がひとり増えましたね」

ノボリはさも満足げな顔で、クダリに掛かったそれなぞ忘れてしまう。ノボリにとって、ゴミが身体に付着することはそれほど問題などにはならなかった。ついたらいやだとか、汚いとかではないではない。あるから拾って、付いたら払いのければいい話なのだ。しかしクダリは違った。こんな些細なことでも腹が立ってしまうようだ。
怒りを感じると感情が高ぶる。感情が高ぶると物を壊したくなる。すべて壊したくなる。なんて幼い行為をしてしまったのだろうと反省しては同じことを繰り返すクダリにとって反省とは言葉だけだった。偶にものを破壊尽くして、それがゴミになる瞬間が堪らなく気持ちがよかった。壊したものが戻らなければなおさら感情は高揚する。
怒りとは恐ろしい。心がそうしてしまうのだ。
特にクダリに関しては、躊躇がない。怒りを抑える方法を知っているはずだが、それはしない。それ自体がアイデンティティのようなものだった。
ノボリらしさはいつもあった。真面目で謙虚で、なにごとにも献身的だった。クダリにとってノボリのアイデンティティは羨ましい項目が多すぎた。
それに気づいてしまえば、もう自分では手を着けられなくなってしまった。そんな自己を嫌うのがクダリだった。反省してはいない。正真正銘、後悔は繰り返していた。

「ノボリ、殴って」
「なにを急に、ご冗談を」
「傘で殴って。僕を形がなくなるくらい殴りつけて」

いままで壊してきたゴミと同じように、ゴミと変わらない自身を跡形もなく処理をして欲しかった。
ノボリになら手を加えられたっていい。その汚らしい嫌悪の対象で殴って、殴って、殴って、殴って、殴打して。

「簡単だから。ただ振り下ろせばいいの。そうすれば僕が嫌いな僕をあのゴミ箱に、ゴミとして回収してもらえる気がするんだ」

ノボリの目が揺れる。
そのノボリの右手に握られているきれいなきれいな、自身と違えるビニール傘の柄に手を添えた。無理やりノボリの手を外してまずは、ノボリに振りかざす。僕がうまく消えられなかったら困るから、そっくりさんのノボリで試してからにしよう。うん、これさっき決めたこと。効率がいいかなあと思った。え、もう別に怒ってないよ。ゴミが顔に付いたからってそんな簡単に怒るわけ無いでしょ。今更そんなことを理由に、ノボリを殴るなんてひどい話だよね。
ああ、でもこれでおあいこ。ノボリにも汚いゴミ、付いたから。

「ね?」



やさしい


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