「コート、あんたの分持ってくればよかったな」

ライモンシティの冬は厳しい。Nとテーマパークや娯楽施設が建ち並ぶ中寒々しい景色が広がるこの街に来ていた。

「さすがに寒いなあ」
「あんた寒がりだもんなあ」
「ブラックくん、キミはボクのことよく知ってるんだね」
「そ、うか」
「うん。プラズマ団員でもボクは年中同じ服着てたら、寒さも暑さも感じないと思っていたくらいだから」
「あんたすごいな」

Nは本当に変わった。前までの自分がふつうとか違うことをまずは自覚することからはじめたらしい。(まあ、なにがふつうかなんて分からない世の中だからそれについてはなにもコメントができなかった)
それからプラズマ団員に経緯を話して、自身がおうさまではないことを告げていろんな世界を見てきたらしい。いろいろな悲しさやつらさや痛みやよろこびを目に焼き付けて、ようやく真正面から自分と向き合って、またいちから新しく生きていくことを決めたらしい。

「なあ、あれ、乗ろう」

気をよくした俺は、はじめてこの街に訪れたときに乗った乗り物を指さした。Nに誘われてはじめて来た街ではじめて乗った観覧車。

「いいね。あの円の形といい、数学の塊だ」

俺と乗ったことはもう忘れてしまったんだろうか。多分、いや、確実に忘虐してしまっただろうなあ。もう悲しいという気持ちを否定する気持ちもなくなった。俺は、あいつに忘れられて悲しいのだ。これは変えようのない事実だったし、これ以上自己感情を否定することに意味を感じなかったからこれもやめた。ベルのように正直でいることは大切であると分かった。

「よし、じゃあ乗ろうか」

Nに突然片手を引かれて、あああの時といっしょだなあと女々しい感情を抱きながら連れられてやった。ばたんと扉を締める係員は優しく微笑む。

「あーあ、あんたとじゃなくてあの人と乗ってもよかったなあ」
「キミってやっぱりよく分かんないや」

Nの語気が少し、ほんの少しだけ上がったからなにかと俺は目の前に座るミント色を見つめた。

「なんだよ、俺だって男だから。そりゃあ野郎と乗るよりかかわいい女の子とがいいでしょ」
「ふうん」

Nは俺から顔をすっとそらして窓の外を眺めはじめた。なんだあいつ。俺のこと思い出せないくせに、なに怒ってんだ。

「もしかしてあんた、妬いてんの」

にやりと口のはしを吊り上げて笑ってしまった。俺のことを思い出せないくせに、なんだよ。

「妬く?」
「だーかーら、俺が他の人て乗るって言ったのが気に入らないんだろ」
「いや、でも、それは、個人の自由、だし、・・・それにキミが誰と乗っても、ボクは何も言えないし」
「なんか言いたいのかよ」
「そ、そうじゃなく、て・・・なんて言えばいいのか分からないんだ」
「要は俺だけと乗りたいんだろ」

Nは困ったように眉毛を寄せてガラスに手をついた。

「ねえ、ちょっと」

頬を両手で触られた。ひんやりとしたものが直接襲ってきて驚いた。びくっと肩を震わせるとNはまた笑った。それからNの整った顔が段々と近づいてきた。もさもさしたミント色をくしゃりと片手でかき回してやるとNのはまた困ったように笑った。ああ、こんな顔でよく笑っていたなあと思い出しただけで鼻の奥がつんとした。

「N、俺あんたのことずっと覚えてたよ。俺、多分あんたのことずっとずっと忘れない自信あった」
「うん」
「俺、あんたのことがいつの間にか大切になってた」
「うん、」
「俺、お・・・、れ」
「ずっとボクを忘れないでいてくれて、ありがとう」

Nの唇が俺のと重なって肩が震えた。多分、俺今すごくおもしろい顔してるな。いやいや、そんなことじゃあなくて。なんだろう、おかしい。おかしいぞ。俺はなんで易々とあいつとしてしまったんだ。

「・・・あ、ご・・・めん」
「あんた、・・・なに、してんだよ」
「ごめん、え・・・ボクなにやってるんだろう」
「謝んな」
「ボク、キミにひどいことばかり、して、いて」

だから、謝るな。
俺は別に怒ってないだろ。なんで怒らなかったのかも分からなかった。丁度あの時も一番高いところについて急に唇を持っていかれた。クソ、ろくな思い出がないな。それでも今のものはなんの感情もなかった。まるで当たり前かのようにしてしまった。
あと半周となったようで、ガコンという音がした。Nも我に返ったようでぶわっと頬を高揚させた。照れ方は昔から変わらないなあと小さな幸せを感じた。N本人の意志なしにされたそれと考えるとまた気分が沈んでしまったので、ばかなNの頬をまたつねることにした。


真実の在処(すべては心の中にある)

つづく
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テーマ「人外ファンタジー」
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