俺は暫く続けていた旅の疲労を癒すために自宅に帰ってきていた。母さんはうれしそうな顔で俺を迎えてくれた。
それから母さんお手製のシチューを口にかき込んで全身がじわりじわりと暖かくなってきた。母さんは旅先で何があっただとかは特に聴いてこない。俺から自身についてあまり話すこともないから、そっちから聴いてきて欲しい気持ちはあったけれど、「あなた、ちょっとは逞しくなったみたいで安心したわ」と一言言われただけでそんな気持ちは吹き飛んだ。
母さんはすごい。欲しいときに欲しい言葉をこうも容易く放ってくれるとは。俺は身も心も暖かくなった。
それから、カノコタウンの冬はなかなか人間に優しいところがある。雪も積もるほど降らない。風も肌に染みるほど冷たくはない。だから俺はカノコタウンの冬が好きだった。ちょうどこの二階の自室から見た冬景色も美しいもんだから、ほんの少しの肌寒さを感じながらも窓辺に寄ってタウンが真っ白くなっていく様を見つめていた。

「あいつはどうしてんだろう」

あいつ、Nがいなくなってから、いや、レシラムに乗って己の罪を問い質す旅にでてから周りに回って一年が経とうとしていた。あの頃も確か同じように肌寒くて、外にでるのも億劫だった。はじめにチェレンとベルと俺の三人ではじめの一歩を踏んだときを考えるともっともっと早く時が刻まれていったような気さえした。あいつはおかしな奴だ。王様だのなんだの面倒事に巻き込まれた挙げ句、あいつは忽然と俺の前から姿を消した。探すことはしなかった。多分あいつはそんなこと望んじゃないだろうし、探す意義さえ無かったわけだ。いや、意義なんてものを探していた時点で俺はなんだか虚しくなった。いないものについて考えると頭から空っぽになっていくようだった。同じように心も空っぽになっていくようで、なんでだろうと考えてみても自身ではよく分からなかった。ただ、いないあいつのことばかり考えてしまって、俺は頭を抱えたくなった。窓の外をのぞいていても、気分が沈んできたので、床に座り込んだ。膝を抱えて頭を埋めたら寂しさをぎゅっと抱え込んでいるような気がして、ああ折角母さんのシチューで暖まったのに。あんたのせいだ。むかつく。
仕方がないから、もう一度下に戻ってシチューで暖をとろうと考える。のそのそと立ち上がったその時だった。
真白い世界が黒く覆われた。闇にまみれた窓を覗くと、上空にずっしりした重たい影を作るなにかが浮かんでいた。その何かの影がだんだん濃くなってきた。窓を開けて空を仰ぐとあの雪と同じような純白の羽が落ちてきた。片手で素早くキャッチする。

「なんだ、これ」

机の上に並べておいたボールのひとつががたがたと揺れ始める。羽を近づけてみれば、余計に揺れるもんだからびっくりした。窓から目線をそらしている間に、どすん、というけたたましい音がタウン内に響き渡った。地響きで耳をふさいだ俺だったが、すぐに体制を立て直し窓の外を体を半分くらい乗り出してのぞき込んだ。
真白いそれに跨る誰かが俺の家の前に居る。いや、まさか。そんなことあるわけがないだろう。俺の頭は都合がよくできているようだ。ついにあの頭がおかしいあいつに感化されてしまったのか。そもそも都合がいいって何だ。そんな打算的なことを脳で弾きながらも、階段を降りる脚はやけに軽快だった。
母さんは困惑した顔で俺を見ていたが、構わずドアを勢いよく開けた。

「あんた、どうしたんだよ」

思わず語気を荒げてしまった自分が恥ずかしい。それでも頭の中は突然のことで制御しきれず、未消化のまま俺は口をもう一度開いた。

「お帰り」

勝手に頬が緩弛むのが気に入らなくて、いつも通り接しようと顔を正してみたが頬がつって痛かった。

「あんた、そんな格好じゃ寒いだろ」

家に招き入れようとしたが、あいつは一言も返してこなかった。

「どうしたんだよ」
「キミ、誰なんだい」

混沌とした頭に鈍器が叩き込まれたようだった。なんだあいつ。ジョークも言えるようになったのか。こんな時にふざけるなよ。

「俺に会えてあんまり感動しちゃったもんだから、ジョークのひとつでも言っちゃうよな」
「本当にキミは誰なんだい」
「はあ?」
「ボク、なんの意識もなしにここに着てしまって、急にごめんね。・・・見ず知らずの他人の家の前でぼーっとしてしまうなんて、・・・・・・ボクは少し寝た方がいいのかもしれないな」
「あんた、ふざけんのも大概にしろよな」
「ごめんね。・・・きちんと謝りたいから、キミの名前を教えてくれないかな」

おどけてはなしてみても相手の態度は一向に変わらなかった。Nも本当に俺が誰だか分からないみたいで、少し警戒しながらはなしているのが声音で理解できた。
分からないことだらけだ。

「ねえ、N、俺悲しいよ」

目の前が熱い何かで滲んだ。不特定な世界で、ただひとつだけ分かることといえば、悲しいという感情だけだった。
拳をぎゅっと握った。


熱を呑む(熱を喫む)

つづく
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