なみなみとすでに冷え切った水が入っている浴槽に、勢いよく頭を入れられた。ああ、髪をそんなに引っ張るな。痛い。痛いばか。でもこれは俺が望んだことだから、まあ仕方がないことなんだけれど。そろそろ息ができなくなってきて、口を大きく開いたら気泡がぽかぽか浮かびあがる。ああ、苦しい、辛い、痛い、身を捩る。頭もぼおっとしてきたから、いよいよかなあと水の中で待ってはみた。が、途端俺の髪を引っ付かんでいた手がいきおいよく俺を引き上げた。
これではだめじゃないか。失敗だ。生ぬるい。こんなもんなのか。

「ごめん、ブラック。僕はお前にこんなこと、できるわけがなかったんだ」
「・・・ハッ、あ、カハ」

失いかけた呼吸を取り戻すと、体がびっくりしたのか思い切り咳込んでしまった。吐き出せるものなど残ってはいないのか、のどを乾かしただけだった。その後はうまく酸素を取り込めるようになってしまってこれは失敗に終わってしまう。やはり彼はやさしすぎた。若しくは正当な人間すぎた。

「俺が好きなんでしょ。だったらもっとしっかりしてよ」
「僕は、君にこんなことしたくない・・・」
「役立たずだなあ」

いいよ、じゃあ自分で死ぬから。やっぱり溺死なんてチンケな死に方俺には向いていなかったんだ。早く早く、ここからいなくならなくちゃ。生きてちゃいけないよ。急がなきゃ、大変だ、あいつがいなくなってしまう。

「ブラック、夢は一度見れば十分だろう。過去のあいつを探したって意味がない。君だって分かってるんだ」
「うるさい。チェレンになにが分かるんだよ」

髪から滴る水滴がうざったい。頭を振るとチェレンのめがねに水が飛び散った。まあいいや。さあて、次はどうしようかなあ。
探しても見つからなかった。あいつは俺と別れてからどこへ行ってしまったのだろうか。見つからないから、過去からあいつを探してみることにした。
結果あの走馬燈のように駆けていく死の瞬間に俺は溺れた。もう俺自身の記憶では限界があった。思い出してはあいつが消えていくような気がして恐くて恐くて仕方がなかった。死を感じた瞬間に、俺は母さんをまず思い出した。それからあいつと出会ってから別れるまでにあった様々なことが鮮明に浮かび上がっては消えて俺の心を満たした。こんなの絶対におかしい。そんな風にチェレンに言われたけれど、全く構わなかった。
はじめにみたあいつの追憶は悲しそうな瞳だった。俺しか知らないあいつの涙は少ししょっぱかった。あいつは俺の前ではよく泣いた。なぜ泣いてしまうのかもよく分かってはいなかったが、とにかく嗚咽を漏らすほど咽び泣いた。はじめは面倒だなあとばかり思っていたし、宗教じみた考えも気に入らなかった。でもあいつはその分心がとてもきれいだった。それに触れれば触れるほどあいつのことを知りたくなって、たくさんはなしをした。

「風邪をひいてしまうから」

タオルが頭からかけられた。なんだ、余計なことをするな。風邪をひいて意識が遠退いたとき、またあいつに会えるかもしれないじゃないか。本当に余計なことしかしないなあ。いい加減に呆れを越して怒りだ。静かに浮かび上がるその感情が溢れ出る。ああ、役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず!
チェレンの首根っこを掴んで浴槽へと勢いよく頭を沈めた。抵抗しているのか両手が浴槽の縁を押している。まどろっこしいことをするな。ねえ分かった?こうやってやるんだ。こうやれば俺はまたあんたに会えるんだから。仕方がないから、体でしっかり覚えてね。チェレン、お前も会えるんだよあいつに。いいなあ、抜け駆けするなんてズルい。
カルキ臭さが抜けない浴槽から、彼のうめき声が消えた。もしかしてもう会えたのかなあ。俺も今からいくから待ってて。



子供だまし
(気づかない、気づけない)

101206
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