あんたが悲しそうに見えた。宇宙にひとりほっぽりだされて、なにか手だてを考えるわけでもなく、ただ行き着けばいいだなんて考えていそうだった。無に向かうのなら無でいるのが正しいのだろうか。無に対する有とはいったいなんなのだろうかと頭をひねると、中身は元から空だったのかそれとも枯れていたのかどちらかなど知る由もないわけだが、結局のところ論じることはできなかった。俺がこれに行き着くにはまだまだ生きている価値だとか意義だとかが足りなすぎるのだ。まあ、果たして年齢を重ねれば答えが自ずと出てくるのかといえば必ずしもそうだとは言えない。しかし、確実にいえることと言えば、今の俺は足らない存在なのだ。
生きるとは宇宙の広さのようだった。なにも分からない。先という概念がない。今もなお広大に手を伸ばすそれが見いだす意味とは何なのだろう。手を伸ばせば届くのではないかと、錯覚を起こせば起こすほどどうにも虚しい気持ちになる。それは、届くはずのない生命の価値を欲しているかのようであったからだ。俺の価値は何によって測られるのか。個々の価値観に畏怖する自身に嫌悪する。自身の価値は自身で決めればよいはずだと感じているはずであるのに、なぜだか足が竦む。自己評価よりも他者評価の方が余程価値があるように思ってしまう。
だから、だから俺はあいつに近づいてしまう。それが悔しくて、おまけに恥ずかしくて、これは夢であってくれと何度思ったことか。
あいつは俺のことが好きだという。俺はもちろんあいつが嫌いだ。まずなによりも自分勝手だ。自己価値の押しつけもする。それに、俺が必要だという。俺はもちろんあいつが不必要だ。あいつはたぶん頭が狂っているんだ。どんなに拒絶しても、どんなに嫌悪してやっても、いやな顔一つしない。寧ろ、言えば言うほど、そのかわりにというように俺が好きだという。あいつの抱きつき癖は最早ビョーキだ。頭をひっぱたいても痛いなあ、と頭をさするだけだ。それからもっと深くぎゅーっと抱き締められると息もできなくなる。一瞬そんなあいつにドキリ、としてしまった。ああ、俺はばかか。無駄な感情を生むんじゃない。

「あんた、ばかじゃないの」
「なにが?」

なにがじゃないだろう。そんな顔するな。止めてくれ。なんでそんな顔してるんだ。悲しいなら、悲しいと言え。

「キミはやさしいね」
「俺は優しくなんかないね。それはあんたの中で勝手に作られた俺の虚像であって、真実なんて結局こんなもんさ。俺はあんたになんか、優しくできない」
「ほら、そういうところさ。キミは自身がやさしいと表現できないほど、やさしいのさ。キミのやさしさは作るものなんかじゃない。あるんだ、そこにあるんだよ」

Nはそう言うと、いつものように俺を抱きしめた。こいつは風のにおいがする。いつかどこかひとりで消えてしまうような、悲しい香りがした。

「それじゃあまるで、偶像崇拝だな」
「ふふ、それでもいいよ」

Nの髪が肌にあたり、やけにくすぐったい。

「偶像でも、虚像でも、ボクはキミが好きなんだから」
「ふうん」
「でも、ボクはもっとキミ自身にキミのことを知ってもらいたいなあ」
「ばあか。俺は俺なんだから、一番俺のことを知ってるんだ。今更なにを知ることがある」
「見えてないものの方が、多いのさ。自分に一番疎いのは自分自身だと思うのだけれど」

顔をいきなりあげたNはにこりと笑っていた。

「ボクが好きなキミはやさしくて、つよくて――」

唇が寄せられた。

「それから、こんなにかわいい、ってことをね」

まただ。俺は、こいつを必要だと思ってしまう。こいつに価値を見出してしまう。不意に俺を好きだというあいつに、好きだと言ってしまいそうになった。


疑うことなど
なに
ひとつ

(ああ、そうか。そうだったのか)
101123
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テーマ「人外ファンタジー」
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