※パロディ




「僕は君が好きかも知れない」

分厚いめがねを掛けて猫背。それでいて頭髪も自然体で、(かなりぼさぼさだ。切りそろえたのはいつなんだろうか?)よれた制服を着た彼に突拍子もないことを言われた。

「お前誰だよ?」

とりあえず、やばそうなやつにはガンをくれてやるのが一番手っ取り早い方法だ。つかみかかるとすれば、相手からなにかしら仕掛けてくるか接触があった時だけだ。今はがまんだぞ、俺。

「僕は、ーー」

「お前、声小さくないか?なんにも聞こえなかったぞ」

「たぶん君は僕のことを知らないと思う」

「確かに知らねえけど」

「僕も君の名前を知らない」

「ほー、教えてやる義理はない」

「僕は知りたいんだ。知らないことを知りたがるのは人間の性でしょ」

「こんなアブナいやつに教えていいような名前はもらってない」

こいつはなんなのだろう。挙動不審でないのだけはほめてやろうと思う。初対面の相手に好きかも知れないと言えることも大した勇気だと賞賛してやろう。しかし俺は男だ。なにが悲しくて同姓なぞに告白紛いなことをされなければならないのか。正体不明のXとでも名付けておこう。不振なXに目はついているのだろうか。恨むべき神の存在を信じていないので、己の不運さに肩を落とすしかなかった。

「おーいグリーン、ブルーが呼んでたぞ」

同じホームルールのやつに大声で背後から呼ばれた。ブルーが呼んでるだって?絶対ろくでもないことに違いない。

「課題なら見せねえ、って言っといてくれ。あと、荷物運びもやんねえ」

手を振って伝えると了解の言葉が返ってきた。ありがたい。これでブルーの面倒ごとに巻き込まれずに済むぞ。

「ふうん。グリーンっていうんだ」

そうなんだ、グリーンね、と何度か俺の名前をXが反復して唱えた。まるで呪文のようで気持ちが悪かった。
新学期早々明らかに不振な格好で、(俺も同じ制服を着ているはずなのに何故だ?)名前も呼ばれず廊下まで引っ張ってこられた。モヤシみたいな形をして意外と力が強かったので、振り払うのが遅れてしまったということもあるが、何分こいつには興味があった。
校舎内を歩いていても見たことがない。廊下ですれ違ったこともない。存在そのものがあやふやで、ないべきものがあってしまった間違い探しの間違いと遭遇してしまったような気分にさえなった。

「お前、何組なの?」

「君は?」

「俺の個人情報の開示はいい。必要ない」

「僕は今日転校してきたから。まだ分からないんだ」

「へえ・・・。この時期に転校してくるなんて、寂しいだろうな」

既に夏休みが終わり、本日が丁度二学期のはじまりだった。中途半端な時期に転校とは、いくら変質者とはいえ哀れに思えた。
分厚い牛乳瓶の底のようなめがねの奥には、きれいな赤色が潜んでいた。ついでに薄汚れた肌も、髪も、なんとかしようがなかったのか。お世辞にもそこはきれいとは言えない。

「君がいるから寂しくないよ」

「お前、気は確かか」

「まあいいや。グリーンね、グリーン。僕は君の名前が分かったから、それでいいんだ」

「お前は?俺だけ知られてるだなんて、フェアじゃねえよ」

「名前は、・・・分からない」

分からない?分からないだと?なにを言っているんだろうか。せめて正確な言語能力と思考能力くらいは携えているだろうと考えていたが、この状況は妥当でない。

「それじゃあ、僕は行くから」

待てよ。簡潔すぎる三文字さえ発する時間も与えてはくれなかった。Xの情報も知己も何一つもちあわせていない俺に、この先どうしろというのか。

「とりあえず、帰るか」

教室に戻って帰り支度をしていると、ブルーが近づいてきた。スキップをしているかのような軽やかな足取りで向かってくるので、正直悪いことしか考えられなかった。

「昨日、見たわよ」

直裁でない表現だった。

「昨日見たのよ」

「なにを」

「グリーン、あんた。見捨てたわね」

「だから、なにを?」

「昨日、交差点沿いの道で、あんたがしゃがんでいたのを見たのよ。見捨てたわね。あんなにまだ小さいのに」

なる程、やっと理解した。

「だからって仕方ないだろう。俺ん家は、ペット禁止なんだ」

「あれだけなつかれるのに、何日かかったのかしら」

「めしをあげてるだけ、俺はえらい奴だと思う。お前、昨日だけじゃないような口振りだ。明らかになにもかも知ったような口してるじゃないか」

「当たり前よ。あれ捨てたのあたしだもの」

「・・・お前は、ほんっとに信じらんねえ」

「それこそ仕方がないじゃない。あの子だけ特別かわいくない目をしていたんだもの」

「ばかやろう」

「いいのよ。愚弄してくれたって。あなたも一緒よ。見捨てたんだから」

がつんと頭を殴られたようだった。同罪だと言われたことにとにかく腹が立った。同じ罪の重さなど微塵も感じていない。
俺は気づかない間に走っていた。受容できるはずもない言われように、顔が赤くなった。きっと頭に血が上っているのだと思う。
自転車置き場で一旦息を整えて帰路を行く。平生、周りの風景など気にもとめず足を動かしていた。本来意識せずとも辿れる帰路を、半ば意識的に進み交差点を渡る。歩幅が狭い小学生たちが満面の笑みで見つめた先にはダンボールが一箱。

かわいいね。ねえ、次はわたしにもさわらしてよお。イヤだ、次は僕なんだぞ。あ、こいつ引っ掻いた。あんたの触り方がいけないのよ。言い争って、散々そいつを撫で回すと最後にそいつの瞳を見つめてビー玉みたい、と言った。黒い毛並みのそいつは息苦しそうにため息をして、箱の中で丸くなった。小学生の思考力は洗礼されていて、あまつさえ汚れを知らないんだと改めて思った。俺はいやな奴なんだなあとも思った。
さようならと簡単な別れを告げて彼らは帰っていった。
まずは頭を軽くなでる。それから耳の後ろをくすぐると腹を見せた。ここまでなつかせるのにどれだけ掛かったか。ひっかきキズも今では勲章のようなもので、なかなかかっこいい。


「お前のご主人はひどい奴だな」
なー、と首を傾げる所作は癒し以外ほかならない。

「俺はお前が好きだぞ。お前はどうだ?」

なーなーととびきりかわいくないたそいつを抱き上げ、あまりにも脆そうだからその分だけ強く強く抱きしめた。
俺が拾おうと思わなかったら、誰か別の拾い手がいたのかもしれない。最悪の場合生きているうちに抱けたのは奇跡かも知れない。いつなにが起こっても不思議ではなかった。

「お前の名前はレッドだ。きれいな赤い目をしているから、レッド。な、いい名前だろ?」

レッドはもう一度鳴き声をあげて、鼻頭をすり寄せてくる。毛並みは捨てられていたせいで無造作にごわごわとしていた。顔もすすけていて、きっと今の俺の鼻も少しすすけているだろう。それでもこいつが愛おしいのだから気にしないことにした。





生と隣り合わせ
(生きているお前を抱けてよかった、)


つづく

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