ちょきんちょきん。この器物は鋭利だ。決して営利ではないのだから、手からはなしてはいけない。危ない危ない。これは人を傷つけてしまう。それだから所持していると言っても過言ではないのだが、如何せん、そんなことを知られてしまったらこちらに分がない。
「ねえ、ふたりっていいよね」
ちょきんちょきん。突き刺してしまえば楽だろうか。しかし、どうにも体が重かった。
「そうですね」
「ぼく、・・・やっぱりなんでもない」
俯く。そうすれば、君がどうするかなんて分かっているから。その間は、この研ぎ澄まされた刃物もそっと後ろ手に隠しておかなければ。自分自身に突き刺していると同意気だなあと歪む顔に、なにかあるならいってくださいまし、と言われたもんだから、同じ声音で、なんでもないとだけ返答しておく。そう、これでいいのだ。これ以上歪めるわけにはいかないのだ。
くそ、体はやはり重力にも負ける。その重力は目の前の君で、吸い寄せるように優しい力があって、またそれに甘えてしまう自分が恥ずかしかった。
つまり勝敗は決まった。君を抱きすくめると、キョトンとした表情も浮かべることなく、ただただ無表情に前を見据えていることだろう。顔は見えなくとも、分かる。自身には分かってしまう。それくらい、長い時を共に過ごし、そして長い間双子としてやってきたのだ。尚更だ。いっそ他人ならよかったのに。
「苦しい、です」
「うん、ごめんね。ごめんなさい」
静寂が時を制覇する。しかしながら、自身の心音は痛いほどに鳴り響き、これで君が気づいてくれて終わりを迎えられたら、この刃物でこの汚らしい感情すべてを切り刻めると思った。適当に細切れにするはずのそれは、なぜだか勝手に思いを形にすることが得意なようで、それでもまだまだ未完成なようで、気付かれもせず動き続ける。抱きすくめた肩は細かった。それ以上なにも言わないから、背骨を指先でなぞってみた。浮き彫りになるひとつひとつに唇を落として、それから君の唇に同じそれを近づけてやがては愛を表現したいと思っても、ダメだ。それじゃあダメだ。
煩悩を消し去るように、深く抱きしめてみる。もう、これで僕と君とでひとつになれないだろうか。
「クダリ、痛いですよ」
静寂にポトン、と落とされた感情のない波に耳は当然のようにさらわれた。そんな風に名前を呼ばないで欲しい。君が欲しくなる。君の名前を叫びたくなる。このうるさい心音を中身から引き裂いて、刃物でずたずたにしてやりたい。ドクンドクン、ちょきんちょきん。
「痛い」
「わたくしもです。あなたは、いつの間にこんなに力が強くなったのやら」
「痛い、痛いよお。ノボリ、痛いよ」
さよならしたい思いを切り刻むには、まだ自身の力が足りないようだ。僕は結局僕自身に非情になることはできなかった。後ろ手に隠した刃物は、僕の脳をかき混ぜることしかできないのだ。
生憎
さよならが
きこえなかったので
101114