ノボリは元来、顔を崩さなかった。なにがあっても。冷たいと言われればそこまでで、人間味がないと言われれば、それで結構といった感じであった。さらに彼に光は似合わなかった。目も開けられぬほどの眩いそれは燦然と輝き続ける。このままではどうにかなってしまいそうだった。溶けてしまうかと錯覚をし、その錯覚すらも解けてしまうようなハッキリとした頭痛を覚える。頭の中からじんわりと少しずつ蹂躙していく痛みに傷みは無かったが、多分こちらの方が断然に痛いのだと思う。ノボリには呆ける時間もなく、さっさといつもの地下鉄へ戻ることにした。
地下鉄へ戻るとうずくまっているこどもが居た。そちらへ視点を動かしてしまうと、どうにも落とし物をプラットホームで見つけたときのように、嗚呼、あれは放ってはおけないと義務感を持ち対象物に自然と足が向かってしまう。今回は対象「物」ではないのだけれど。
うずくまっている姿は小さいものがさらに小さく見えた。ミント色をした癖のある髪は肩よりも少し長く、黄色のごむで束ねられていた。
「どうしたんですか?」
ノボリは、その子供と目線があうようにしゃがみ込む。ふるふると左右に頭を必死に振る子供の目はうさぎのように真っ赤だった。大粒の涙をぽろぽろと零し、あの丸いボールを抱えていた。
「お父さんは?」
「・・・ふ、え・・・」
うさぎのような瞳でしゃくり声を上げてはいるが、なんとか言葉を発しようと試みているようだ。
「でん、しゃ・・・」
「はい。電車ですね」
「のりた、・・・い、う、・・・けど、乗れ・・・ない」
「ああ・・・そういうことですか」
なるほど。レベルが見合わなかったのかと思案する。ここはただの地下鉄ではない。待ち受ける挑戦者達をなぎ倒していきながら、快適かつ困難な旅へと出発するのだ。しかもこんなこどもにまだ、乗車できるとは思えなかった。
「勝手に・・・出て、きちゃった。だから、父さ、んも、いない」
「さて、現状は把握できましたが、どうしたものやら」
「ボクの、部屋に、・・・電車、ある」
「おもちゃのですかね。レールを繋げて遊ぶのですよねえ。クダリは直ぐに飽きてしまって、わたくしひとりだけでよく遊んでいたものです」
「ボク、電車、好き。駅員さん、たのし、そう」
電車、好き?、と問われたノボリは違和感を覚える。普段無表情と言われるわたくしが楽しそうに見えたのだという。この仮面のような瞳がふるえたのだという。
「・・・わたくしも、です」
「ゾロア、も、好き」
にっこりと眩い笑顔を向けられて、ノボリは一瞬目の前が真っ暗になる。
「ノボリ、こんなところにいたの」
ひょこっと現れたかと思えば、笑顔でこちらに寄ってきた。同じような光が、ノボリの目をくらます。
「ああ、クダリですか」
「全く、どこに行ってたんだか!探したんだからね」
「クダリ、今日はそちらがあまり混雑していないようですから、この子をあなたの電車に乗せてやってくださいまし」
ノボリがそういうやいなや、クダリは、いやだ、と即答した。
「こどもは嫌いだね。僕だってまだこどもだもん。ノボリはそういう面倒ごとが好きじゃないか。だからそういうのはノボリに任す」
「電車が好きなようなのですが、乗ったことがないみたいなのです」
「ん、ちょっと考えさせて。それは聞き捨てならないよ」
「でしょう」
「ん、分かった」
「ありがとうございます」
「ぼくと、ノボリと、そこの緑色のぼさぼさとさんにん一緒ならいいよ」
クダリは緑色の手を引いて先を行く。もう目の前にはいないこどもの視点を見つめても、見えるのはいつもの地下鉄。あの光はなんだったのか。
「早くきなよ、ノボリ」
ノボリにはない光が彼らにはある。それはなんなのだろうと考えても、答えはでなかった。わたくしも笑ってみようか。わたくしも泣いてみようか。
この仮面を脱ぐつもりはないものの、その仮面に手をかけつつある自分に気づいた。ああ、いやだ。そんなつもりはないのに、
そちら
と
こちら
で
対
極
ご
っ
こ
こどもらしくいたいと思う反面、おとならしくいたいと思うノボリさん
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