ノボリはクダリのことをよく考えている。クダリはノボリのことを至極幾度も考えている。
ノボリは考えた。わたくしたちは、どこが似ていないのだろうと。色は様々だ。しかし、形はといえば瓜二つという言葉が最もで、少なからずとも明日からノボリがクダリとして生きろと言われれば、分かりました、と容易に答えられることだろう。言葉づかい云々はあるにしろ、ノボリは自分自身でクダリに成り代わるものはわたくしでしかないと思案した。
クダリは、なにかを美しいと思う。その感情を波長せずとも、必ずや見つめる先はいつも同じでしかないのだから、これは所謂ナルシストだと言われればそこまでなのだ。そのなにかは目の前に移るノボリだった。

「ぼくは、可笑しいな」
「どうしたんですか。悩みがあるのなら、言ってくださいまし」
「ううん」
「クダリが辛い顔をしているとわたくしまで同じような顔をしているような気分になるのですよ」
「ぼくは、ぼくだよね」
「嗚呼、なにを突然に」
「ぼくたちは、ぼくたちというわけではなくて、ぼくは、ぼくなんだよねエ」
「はて。クダリがなにを言っているのやら。さっぱりです」
「ノボリはノボリであると思っているの」
「はあ、わたくしたちはわたくしたちでしかないのでしょう。なにを、突然に。マスターがそのように自我を歪ませていたのなら、勤まるものも勤まりません。やめてくださいまし」
「確固たるものが欲しいんだ」
「はてはて、それは赤ん坊の駄々ですよ」

ノボリは腕を軽く組む。クダリは、帽子に手をかけて、ひらりと上着を翻した。シワのない様がクダリ自身をがんじがらめに縛り付けているようでもあった。同じようにノボリも着こなしているはずであるのに、ノボリはどこか自由で殺伐としている出で立ちだった。

「わたくしたちが、わたくしたちであろうとすることは、本来不正解なのです。わたくしが、わたくしとしてあろうとすることも間違いなのです」
「それじゃあ、ぼくは消えたも同然じゃあないか」
「なにを言っているのです」

ノボリはクダリの帽子に手をかけて、ふわっとプラットホームのどこか彼方へと飛ばしてしまった。線路はどこまでも真っ直ぐで、クダリの視線はどこまでも歪曲していた。

「なにをするんだ」
「よくみなさい。クダリはクダリです。わたくしはきっとあなたになれるでしょう。あなたはわたくしになれるでしょう。でもそれじゃあ、それこそ、わたくしがわたくしである前に、わたくしたちがわたくしたちでなくなってしまう」
「そうあろうとしてはいけないんじゃないの」
「違います。よく目を開けて。クダリの、そのきれいな美しい瞳で見つめてご覧なさい」
「ぼくしか見えないよ。ノボリしか見えないよ」
「よおく見てご覧なさい。あなた自身はどこにいますか。あなはどういたいのか。どう息をしているのか。それが見えますか」

クダリは自分が嫌いだった。故に、瓜二つのノボリに逃げ道を求めた。至極ふたり似ているようで、それは似非であり欺瞞であり虚構であった。顔だけは形だけは似ている、ノボリに身を寄せ、自分自身に満足をして逃げて逃げて逃げて。ノボリはそんなクダリの瞳を捕らえた。するとクダリの両頬を、真白い皮手袋をはめ、洗礼された両手で包む。じんわりと伝わる熱は、クダリとは違う脈を打ち続ける血潮とノボリの自我意志の強さにあった。

「さあ、見えましたか」

大粒の雫がその美しい頬を伝い、真白いそれをまた美しく染めた。

「赤ん坊は駄々をこねながら、やがてあなたのように自らを確証する旅にでる。そう、自分自身と向き合うとは葛藤の中にあるのです。あなた、クダリは涙を流すことができた。それが答えです」

それを最後に、ノボリはクダリを抱きしめた。クダリはノボリの肩に顔を埋め、シワのない上着は顔を歪めた。
ノボリはクダリのことをよく考えている。クダリはノボリのことを至極幾度も考えている。
けれど、それ以上にノボリもクダリもノボリ自身のこともクダリ自身のことも思考していた。



むし
めがね

(見なくては、見つけなくては)(例えどんなに目をそらしたくなるものであっても)
101113
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