※学ぱろ


めんどくさい、その一言につきる。人間同士の信頼関係なんぞ、脆くてずるくて汚い。計算ずくめの鋭利な瞳を見つめることに吐き気を覚える。チャイムが鳴り、一限目終了の合図となる。この後からは、また面倒な人間関係という隔たりと共に時を経過させなければならない。
固まって友人同士でくだらない下世話なトークに、まじめそうな奴は次の授業の支度。どこを見渡しても、ぼんやりかすれて見えるから普段滅多に掛けることのない眼鏡を取り出す。両手でフレームを持って、その歪みのかかるレンズ越しにこの世界を見つめても、なにも見つかりはしなかった。
一番窓際の前の席から順番に瞳と眼鏡を動かしていく。そう、あいつはよく授業中寝ているくせによくしゃべるやつだ。その隣はやけに博識。後ろのやつは、うん、しゃべったことが一度もないおとなしめの女子だ。それから、俺の隣に視線をずらす。緑色。そう、変な色。よくこいつはこんな目立つ色を背負って生きていけるなあと思う。おまけに頭もいい(らしい。一言も言葉を交わしたことがないのであくまでウワサだ)。容姿も、まあ整っている。緑色のもふもふとした髪は、俺とよく似てぼさぼさだった。はねてるし、うしろ。
そいつはといえば、机に突っ伏して顔を腕に埋めている。寝ているんだろうか。よけいな詮索はやめておこう。ふう、と一息付き眼鏡をケースにしまっていると、


「落ちてる」
「へ?」

突拍子もない声を掛けられた。びくり、と肩を震わせた後、おそるおそる声の主の方へ顔を向ける。

「ねえ、拾わなくてもいいの」
「へ、ごめん、俺なにがなんだか」
「消しゴム・・・」

床へ指差した声の主の言葉でなにを言いたかったのかようやく理解をした。

「あ、ありがと」
「ん、」

落としてしまった、俺の消しゴムについて、拾わないのかと問うてきたらしかった。落としてしまったことなど、全く気付きもしなかった。最近抜けているところが多いなあ、と他人事のように現状を受け止めて、それを拾ってから、筆箱にしっかりとしまった。
その間にも、やつはとっくにまた机で組んだ腕と顔をくっつけてそっぽを向いてしまった。窓際のカーテンは揺れ、肌寒く感じる一風は空間を切るように鋭く去っていった。日が当たる俺の隣の席は、俗に言う当たりの席で、授業中に指名されることも少なく、惰眠を貪っていても気づかれないという学生にとって至極ラッキーな居場所に違いなかった。その窓際の一番後ろの席の隣が、俺の席。この席になってからは板書がし辛くてたまらない。
そんな不満について思案していると、二限目のチャイムが鳴り始め各自席へと戻っていく。簡素的なあいさつを終えると、俺が苦手な数学が始まった。ああ、もう初っ端からなにを言っているのやら訳が分からない。数字の羅列は不思議だ。人の眠気をここまで誘うことができるか。うつら、うつら。ああ、肌寒くはあるが風が心地いい。

「じゃあ、そこの眠りこけてるブラックに次の問を解いてもらおうか」

そうそう、俺が次の問を解いて。あれ、もしかして指名されるのは俺か。

「おい、返事はどうした」
「は、はい」

現実に引き戻された脳内は混乱していた。ガタン。立ち上がると机が揺れ、その脚が床にすれて思くて汚い音を発する。

「問8だ、問8」
「問8、ですか。はい、問8問8」

はっきりと言おう。分からない。なんだこれ。やった覚えすらないぞ。

「なんだ、こんな問題も分からないのか」

くすくすと小さな笑いが木霊するように耳に届いて、不快やら羞恥やらがない交ぜになり俯いてしまった。にやりと笑うそいつは、多分俺が嫌いだ。何故だかも知ってる。姉貴である双子のホワイトが、そいつに足技を何発か決めたからだ。自分に関係がある事件ではないが、まあこれも双子について回る運命共同体という使命であると受け入れることにした。まあ、ホワイトに否があったわけではないので大きな事件にならずに済んだのが幸いだった。

「ん、」

ノートの端を切り取ったような跡がある小さな紙を、机の上に滑り込ませるように置かれた。
「答え」
「え?」

小さく問いを投げかけたが、顎でその紙切れを指す仕草しかしなかった。とりあえず、ふたつに折り畳まれている紙切れを広げてみる。

「あ、」
「そう」

答えだ。小綺麗なあいつの顔と同じように整った文字で書かれていた答え。

「Xイコール5」
「やればできるじゃないか。分かっているのなら、早く答えろ。時間が勿体ないだろうが」

座れ、とやっと許可が下りたので、先程のように大きな音は出さないように静かに席に着いた。これ以上他人の視線を感じたくない。多分その一心だった。もう一度、あの紙切れに目を通す。

「なあ、なあ」

口のそばに手を当てて、こそこそと隣の緑色に声をかけた。
しかし、反応がなかった。また例の如く、机で組んだ腕と顔をくっつけてそっぽを向いてしまった。
なんだよ、なんだよ。自分は勝手に紙切れ置いたり、話しかけたりするくせに、俺からの行動は全部スルーかよ。仕方がないから、同じようにノートの端を千切って紙切れを作る。それからそこに『ありがと、助かった。お前頭いいんだな、数学できるとかすごい』とつらつらこいつにはとうてい及ばない崩れた走り書きでメッセージを残すと、同じように半分に折ってから日の当たる隣の机の上へと乗せた。
緑色はそれに気づくとむくりと起きて、目を通し始めた。こういう時、どうにも相手の反応っていうのは気になるもんだ。肘を机の上に乗せ、手に顎を乗せてちらりと隣を一瞥する。
あれ、予想に反しすぎた反応だった。顔を真っ赤にしながら、俺が渡した紙切れを裏返しなにか書いている。そして口元に手を当てながら、俺の机に紙切れを滑り込ませる。早々とそれを開くと、『キミ、こんなこと書いて恥ずかしくないの?』と流れるような字で記されていた。ふうん。かなり意外な一面をみた気がした。閉鎖的な学校生活を送ってきた自分としては、面白くて可笑しくてたまらない。なんだろう、この不思議な感覚は。無表情で、話しかけもしてこなかった隣の席の緑色は案外人間くさかった。それがとても魅力的で不思議で可笑しくて、それから興味深かった。
もう一度ノートから紙切れを作る。ペンを走らせ、今度はなんとなく4つ折りにして緑色の頭に当たるようにそれを投げた。頭をかいてからその紙を開くと、また直ぐに突っ伏してしまった。なんだよ、少しくらい反応してくれたっていいじゃないか。ムッとしてそいつから顔を逸らそうとしたら、ひらひらと手を振ってきた。
そう、俺はこう書いた。『お前と友達になりたいんだけど』あれは肯定ってことでいいよな。

「よろしく、N」

こそこそと、こいつにあいさつしておいた。




へたくそ

くち
101108
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