瞼がやけに重たかった。そこをは、格別汚いところがあるわけでもないのに強く強く汚れを拭うように擦ってみる。重たくなる原因がなくなるかもしれない。痛いとそこを叩くような原理に近い。特に意味はない。
その皮膚をつかんでみても、丸みを感じただけであって重たい瞼は、そりゃあまあ、重たいままだった。妨げるためにあるのなら、潰してしまえと考えた。しかし如何せんこれはボク自身の身体だ。

ふっ、と体が軽くなる。そこに見えたのはボクだった。それからしたっぱ達。ボクはボクの部屋で正方形の形を躍起になって動かしている。ボクの必死さにつられたのか、したっぱ達も眉をひそめて固唾をのんで見守る。かちゃ、かちゃ、あ、そろったぞ。『やったあ!そろったよ!ほら見て!』『さすがNさまです』『Nさますてき!』『すごいわ』『本当に?本当にボクすごい?、ありがとう』『そんな、わたしたちには勿体無いお言葉を』『ねえ、父さん、ほめてくれるかなあ』『当たり前ではないですか。ゲーチスさまも立派にご成長なさったとお喜びになられますよ』頭を撫でられたボクは、たいそう朗らかな笑顔で揃った六色の正方形を両手で大切そうに握っていた。城内に硬質な足音が騒がしく響き渡る。踊るようなリズム感にほだされて、ボクは一回ひらりとステップを踏みながら回った。
『ねえ父さん』ギイ、重たい扉を開けると真っ赤な絨毯が敷かれた部屋にたどり着く。そこには父さんと呼ばれる男がひとり。『父さん、見て!』両手を広げてあれを見せた。宝物のように扱うそぶりを見てか、苦笑をするとボクの頭の上に大きな手のひらが降ってきた。『父、さん』手のひらはわしゃわしゃとボクの髪を混ぜて、くちゃくちゃにしてしまった。元から量も多く、質もあまりよろしくない緑色。『お前はいい子だ。すごいなあ』『うん、父さんに折角もらったものだから、一生懸命にやったよ』木のイスに深く腰掛けている男が羽織っているローブの裾を引っ張りながら、ボクは背伸びをして男を見上げていた。『なにか欲しいものはあるか?』『なんで?』『もうそれを遊び終えてしまったのだろう』『うん』『また暇をしてしまうじゃないか』『あの子達も、したっぱ達もいるから大丈夫だよ。それに、あの汽車が今とっても気に入っているんだ』『そうか、気に入ってくれたか』『当たり前だよ!ボクとゾロアで競争するんだ』そういうと、ボクの後ろから黒い小さな影がブレた。『ゾロア!』『もう傷はいいみたいだな』『そうなんだ。もうボクと遊べるくらいに元気になったよ。ボクね、ボクね、このお城もしたっぱ達もトモダチも・・・父さんもだいすき』『そうかあ』『えへへ』『わたしも、お前を愛しているよ』目の前のボクは頬を緩ませ、弓なりになる瞳をボクは見据えた。ふうん、我ながらきれいなビー玉のような瞳だと考える。
洪水のような滴がこぼれ落ちた。それがボク自身のものだと気づいた頃には、遅かった。

ふわりと身体が浮き沈みした。かと思えば、滴は途切れることなくボクの頬をぬらした。涙の跡一筋一筋は、悲しみによるものだけではなかった。寂しさもふんだんに混じった、汚水だった。

「N!」

ボクを呼ぶ声がある。

「おい、あんた。N、N、ふっ、う、あ」

視界がまだまだぼやけていた。頭もはっきりとしない。それでもキミだけは、空気から切り離されてはっきりと見えた。

「なに、泣いてるんだい」
「うるさい、泣いてない、ばか、N、あんた、おまえ」
「キミの声、震えてるよ。知ってた?」
「だって、あんたが消えてなくなるんじゃないかって・・・!」
「なんで?」

ボクはブラックの頬に残った涙の跡を指先でなぞりながら、ああ幸せだなあと一息付いた。

「なんでかなんて、知るか!俺がそう思ったんならそうなんだよ!」
「ごめんね」
「な、なんで」
「キミを泣かせたくはないのに。ボクはキミを悲しませてばかりだ」

悲しませたいだなんて思っていない。どうして彼が悲しんでいるかということが、現在の問題ではなかった。彼が、ブラックがボクの前で涙を見せているこの状況こそが、ボクの望むものなんかじゃなかった。

「あんた、が、目を開けてくれなかった。それが、怖かったんだ」
「・・・ボクはなにが悲しかったんだろう」

つっかえつっかえにはなしながら、赤い目を向けるブラックもかわいかった。

「夢、か」

ああ、そうか。あれは夢だ。全部夢だ。ボクの中で生き返ることのない、幼い記憶が鮮烈によみがえってしまったのか。それとも、ただの夢だったのか。

「夢?」
「そうなのかな。よく分からない」
「なんだよ、それ」
「うん、ボクもそう思う」
「ふうん」
「悲しい、それでも・・・――幸せな夢、だったんだけどね」

草地から体を起こす。それからブラックの方に額をあてて、前から背中へと手を回した。

「キミはどんな夢がみたい?」
「俺か?うーん、そうだなあ。分かんないや」
「ボクはね、キミに会いたい」
「もう、会ってるじゃんか」
「ううん、違うんだ。」

夢の中でもキミに会いたいんだ。それもきっと、幸せなそれなんだろう。あの夢の父さんのように、キミはボクを好いてくれるかなあ。ねえ、父さんは今もボクを愛してくれているかなあ。



(おやすみなさい)
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