※一日目のつづき
※相変わらず過去捏造
あれからシゲルは自己の絶対的だと思っていた交友の能力が確かでないことを思い知らされ、悲しみを抱えた。仲良くしたいという目的があったわけでもない。まして、ともだちになりたいという意志があったわけでもなかった。
しかしながら、このうずまいている感情は何なのだろうか。シゲル自身にしかわかり得ないそれを必死で伝える鼓動だけが答えだった。
「おじいさま、少しいいですか」
「なんじゃシゲル。お腹でも空いたのか」
「大丈夫です。あの、マサラに住んでいる子のはなしなんですが。僕は今日、サトシに会ってきました」
「ほお。ハナコさんは元気かのお。ずいぶん苦労してるようじゃし、明日わしも会いに行ってくるか」
シゲルの祖父オーキド・ユキナリは町の中でも博士として有名だったが、なによりこの地の町長ということもあり町内の人間をすみからすみまで把握しているらしい。
「サトシのおかあさんですか?」
「そうじゃそうじゃ。若い頃からずいぶん苦労しているようでの、ハナコさんの事を気にはかけておったんじゃがなかなか時間がとれなくてのお」
「そうんですか・・・、僕も明日は学校が休みなのでついて行ってもいいでしょうか?」
「シゲルはそういえば明日やすみじゃったか」
はい、とシゲルが返答すると年相応の白髪頭をかき過去の記憶をたどっているかのように目を上に向けている。なぜ自分があそこまで初対面のあいつに拒否されなければならないのかシゲルは知りたかった。まともな理由がなければ罵ってやってもいい。受け入れられなかった自分と受け入れてくれなかったサトシが気に入らなかった。鬱陶しいほど絡みつく思念に早く蓋をしたかった。
「シゲルはまだ、マサラ食堂に行ったことがなかったはずじゃな」
「マサラ・・・食堂?」
「よし、明日は昼ご飯を食べに行くことも兼ねてハナコさんを訪ねることにしようかの。ハナコさんの料理は絶品だぞ」
それだけいうとユキナリは研究所の書斎を片づけ始めた。明日の外出の前にいろいろ済ませておきたいということだろう。要件が済んだら話すのを止めてしまった祖父の後ろ姿を恨めしげに見てからおやすみなさい、と一声発し冷え込む外へとでた。扉からでるとすぐにある石畳の階段を順々に降りていくと門の前に人影が見えた。
闇夜でまだ慣れていない目を凝らすと見覚えのある顔がゆらゆらと影を残し揺らめいた。
「そこにいるのは誰だ?」
空虚に問いかけているようなものだった。返答が返ってくるわけがないと確かにシゲルの脳は未来の計算結果をはじき出した。あのような会話とも呼べない一方的な拒否犯になにを期待しろというのか。寒々しい両手を擦り摩擦を起こして少しでも暖をとる。
「俺は、」
かすかな声が聞こえた。絞られすぎて窮屈そうな声音。だんだんと目が慣れてきたのでもっとよく目を凝らしながら体を少しだけ前屈みにすると、相手の闇に溶ける瞳とぶつかった。きれいな瞳に思わず目をつぶる。
「俺は、ともだちが欲しい・・・」
絞られすぎた次は蚊の鳴くような細々としすがりく声だったが、確かに耳にまで届いた。よく聞けば幼いかわいらしいその声音で鼓膜が揺らされる。
「俺は、ともだちが欲しいんだけど、片親だからだめなんだって言われた」
「は?」
「俺は、学校にも行っちゃいけないんだ。片親だからだめなんだって」
「なに言ってるんだい・・・?僕がもっとよく分かるように、」
「ともだちが欲しいんだ。なあ、お前ともだちになってくれよ!お願いだよ!なあ、なあ!」
「ちょっと落ち着いて、落ち着いてくれよ、サトシ」
階段をゆっくりと降り終えてサトシの顔が鮮明に見える距離まで近づく。また、近づくななんて言われたらどうしようかと少し億劫だったところもある。
でもサトシの焦りの声音に驚いたこともあった。もう夜中だぞ、と注意しなければ叫び続けていたことは間違いない。
落ち着かせるため一旦サトシにもう一度はなしかける。
「君、サトシだろ?」
「うん。・・・そうだけど」
「僕はシゲル。オーキド・シゲルだ。僕のおじいさまは博士なんだよ」
「それくらい知ってるぜ」
少しこちらが控えめにいけばえらそうな態度をとられて、シゲルは反抗心が湧いた。
「サトシはともだちがいないのかい?」
「さっき言ったことが全部だから」
理由は知らなかったが、サトシがマサラのこどもたちから一方的にいじめられていたのは知っていた。それ故にただ佇み続けていることも分かっていた。いつもポケモンと一人きりで遊ぶことでしか、毎日を繋げられないことも理解していた。
シゲルはマサラにいるいじめっこたちと多少は面識がある。博士の孫と言うことで珍しがって声を掛けてくるのがなかなかに煩わしかったという記憶もまだ新しい。
「君はそんなにともだちが欲しいのかい?ポケモンと遊んでいるだけで満足なんじゃないのかい。そんなにいうならあいつらになってくれって頼むか、殴り飛ばしでもしてやればいいじゃないか」
「俺はシゲルがいいんだよ!」
嫌みのひとつすら相手は認知しなかった。完全に完敗だった。もうシゲルには拒否する術も理由もなにもない。サトシが被っていた帽子をつまみ上げて真っ直ぐに瞳を捉えた。
「なあ、シゲル、俺とともだちになってくれ」
サトシの必死さが増した。今にも涙の膜を破って全てが流れ落ちてしまいそうだった。
「サートシくん、明日は!」
帽子を頭にちょこんとのせて手を握る。所謂握手だ。
「明日は橋の前に集合にしよう」
「へ?」
「だーかーら、明日は橋の前に集合して一緒に遊ぶんだよ」
「お、俺が?シゲルと?」
困惑した顔でそれでも手を強く握り返してきたのが分かり、少しうれしかった。さっきまで自ら擦りあわせて暖をとった手が、握手を交わしているだけなのに温かくなってきておまけに手汗も出てきた。全く恥ずかしい行為でないはずが、なぜだか恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。
「分かった!じゃあ、明日橋の前だな!」
「あ、明日は君の家の食堂で昼をとるつもりだったからサトシの家に集合の方がいいかな」
「ママの作るごはんはすっごくおいしいんだ!じゃあ、明日は俺もシゲルと一緒に食べる。それから遊びにいこうぜ!」
「うん、分かった。それじゃあまた明日」
「また明日、ばいばい!」
さっきまで握り返されていた手のひらの熱さも空気にふれた瞬間段々と引いていった。あの温かさはあいつの無邪気な笑顔に似ていた。サトシが手を振りながら闇夜を駆けて行くものだからシゲルは危なっかしいなあ、と一言。あの渦巻いていた感情は、明日に向けた高鳴る鼓動に変わってしまった。
友にさよなら月曜日
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ともだちっていい響き。
あの子からあいつに昇格したサトシだった。
(100903)