ブラックにとってこれほどまでに辛い時間は無かった。動けば、少しばかりの頭痛と吐き出される吐息は苦痛そうなものばかりで、見ていられなかった。目を覆おうにも、逃げようにも、どうしても身体がついては行かなかった。可笑しいなあ、自分はここまで意思が弱かったか。にわかに彼とはまた異なった頭痛を覚え、額を押さえるとため息がついてでた。
一見悩ましげに見えた顔は、発熱によるものらしく、原因こそ分からないが病人を放っていくわけにもいかず、直ぐさまそらをとぶを使い自宅に戻ることに決めた。片手に担いで(見た目通り、細身で軽い)、ゆっくりと飛行を続ける。不意に、木の葉が舞い散り、哀愁を感じた。秋の木の葉の香りを胸一杯に吸い込む。洗礼された気になり、なんだか爽快な気分になる。
自宅に着いてからは、それはもうがやがやと忙し、騒がしと、まるで病人を気遣う様子も見られなかったので、急いで病人を二階の自室に連れて行く。階段一段一段が気怠い。おまけに自分より一回りもでかい男を背負いながら、一段一段を踏みしめているこの状況に、片膝が悲鳴を上げている。自身も旅の疲れが重なり、いっそうこのまま眠りに落ちたいところだった。まずは、その前に氷枕の用意に、念のためにおかゆも作ってもらわなければ。推測するに、季節の変わり目からくる発熱症状だ。
森の片隅で、フラフラした足取りの彼を見つけたときは、まああいつのことだろうから奇行のひとつやふたつと思っていた。が、どうにも可笑しい。息は上がっている。それから異常なまでの発汗量ときた。これを可笑しいと思った俺はすぐにこいつに近づいた。その時は、本人の意思はとうに遠退いたらしく、俺に身を預けるだけで何一つ言葉を発しなかった。

「ん、あれ・・・ここは、どこだい」
「俺ん家」

Nは、キョロキョロ物珍しそうに辺りを見渡すと目を細めた。そんな風に周りを気にされるほど、部屋にこだわりがあるわけでもない。そんなに珍しいのだろうか。

「あんた、まだ横になってた方がいい」

額を指先で軽く押すと、いとも簡単に起こされていたはずの上半身はシーツの波に沈んだ。ぽすんぽすんと俺は、その柔らかい布団の感触を楽しむ。それを見てか、Nもその行為を模倣しながら笑顔を見せた。

「なんか食べる?」

Nは、懸命に首を横に振った。あまりにも大袈裟に動くもんだから、体調が悪化しないかが心配だった。それにしても、これほどまでの否定のしようは異質ではないか。

「飲み物は?」

肯定しない。

「じゃあ、どうして欲しい?なにか要るものとかある?お粥、折角母さんが作ってくれたんだけど」

尚も首を縦に振らない。

「おなかは空いてないんだ」
「食欲がないのか」
「ううん、違うんだ。ただ、君がどこかに行ってしまうのがイヤなんだ」
「なんだよそれ」
「僕と一緒に居てくれないかい」
片手をぐいと引き寄せられた。重力に従順になって、ベッドへとダイブするようにNの上に覆い被さるようになる。開かれた窓からは綺麗な月光が鋭く目に焼き付いた。

「・・・重くないか?」
「いい、そばに居てくれるだけでいい」

Nの額に手をおくと、まだ熱は下がっていないようだった。

「それだけでいいんだ」

もしかしたら、熱に浮かされて奇異な行動に走っているだけかもしれない。
ただ、この部屋を制したのは、無言の俺の肯定だけだった。




音のない
夜を




(101010)
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