※ナツミさんイベント




季節は蒸し暑い緑が生い茂る夏に変わった。周りの風景が見渡す限りにくるくると変化していくことに面白味を感じる。

「また、おじさんと乗ってくれないかなあ」
「か、考えておきます」

先日会ったはずのミハルちゃんは姿を見せなくなっていた。変わりにと言わんばかりに、入り口に立ち尽くしていた登山家は、汗まみれでそれでいて必要以上に俺の肌に触れてきて、何度身の毛がよだったことか。あ、ははと乾いた笑いを送ってやったがなんの効果もなかった。

「それじゃあ、またね。絶対だよ!」

最後の最後に手を握られて、気持ち悪さのメーターが振り切った。仕方がない、今は我慢だ。手を振りながら、彼が園内から出て行ったことを確認する。それから、ため息をつくと、一気に力が抜けて後ろに倒れ込んだ。

「はあ・・・、」

最悪だ。俺の純情なる青春を返しやがれってんだ。絡ませたくもない指を通されたので、気分が悪くて仕方がなかった。この観覧車には、ナツミのことといいろくな思い出がない。
男の俺にこれまた男が、関わりが薄いくせに対人関係を詮索するか?いいや、あれはふつうじゃない。

「ブラックくんは、ずるいね」

生い茂る緑とは違った、洗礼された黄緑色は俺をみて含み笑いをした。ふふふ、なんて笑い方やめた方がいい。

「また、あんたか」
「行ったろ?僕は観覧車が好きなんだ。何度、いつ、誰がここに来ようが人の勝手だろう」
「それじゃ、邪魔をしないように俺はミュージカルでも見に行くか」

先ほどの一件から随分気分が悪い。実際、この後はミュージカルを見に行こうかと思案していたわけだから、咄嗟についてでた虚言ではない。ナツミが言ったように観覧車の中は蒸し暑く、サウナよろしくまるで地獄だった。さらに暑苦しく山について熱弁し始めたナツミには、ほとほと呆れた。景色を楽しむ間もなく時間は滝のように流れていった。
これ以上、今日という日に関してはサウナを味わいたくはないし、あの時のように、Nには口八丁でのせられるわけにはいかない。そう、あの時というのは、はじめてあの黄緑色の電波気違いとあの丸い乗り物にのった時のはなしだ。

「また、一緒に乗ろうよ」
「遠慮しとく」
「いいじゃないか。一周も二周も変わらないよ」
「なんで一周目を知ってるんだよ」
「だって、あの人が君の手を愛おしそうに握っていたところから、また乗ろうねなんて口約束しはじめたところまでばっちりみていたから。僕が君を誘おうと近づいたのに、あの有り様さ」
「なんだよ」
「分からないならいいさ。はじめから理解しようと僕に質疑しているわけでもなさそうだから、まあ、まずは観覧車に乗ろうよ」
「だから、どういう思考回路を持てばそうなる」
「いいから、乗って」

ぐいぐい背中を押されて無理やり前進させられた。足が下手な踊りのようにもたつく。

「大人二人で」

顔に張り付けた作り笑顔で係員にお金を渡すと、扉を開けられ車内へと押し込まれた。あの時のように向かい合って座る。二人乗り専用のようで、男二人が入るとやけに狭かった。
あの時のような暑苦しさを感じさせない。何故だろう。ナツミさんの体格ないにしろ、こんな密封された室内では暑いはずだ。首や背筋から吹き出る汗を感じることはできるが、肝心な暑さは彼方へ飛んでいってしまった。

「ねえ、実は僕、ものすごく怒っていたんだ」
「へえ。なにに。トモダチ云々のはなしは聴かないからな。それは価値観の相違だ」
「そうじゃない」

ぐらりと車内が揺れた。かと思えば、Nの手が僕の顔の横を通りガラス張りになっている壁にダンッ、と大きな音を立てて手をついていた。体も俺の方へかなり体重をかけているようで背中から斜めになっている。顔が近い。あ、まつげが抜けている。

「そうじゃないんだよ」
「だ、だったら、なんだよ」

先ほどから涼しく感じていたのは、こいつの目があまりにも冷たかったからに違いないと思った。そうでなければ、顔を会わせただけで身震いなど起きない。加えて椅子に押さえつけられるようにNの体が寄っていて、身動きも取れなくなってしまった。
壁についていない方の手が、俺の片腕を乱暴に攫った。さほど強くもなかった。しかし有無を言わせない瞳を見つめ返すと畏縮してしまった。

「僕は君と話せてとてもうれしい」

Nはとたんに笑顔になった。

「でも、僕は、君が誰か他の人とはなしていると、寂しくて、嫌で嫌で仕方がなくなるんだ」

言うと、Nの顔には影が落ちて、俺の片腕からするりと下へ降りていき、手を握ってきた。

「なんでかな。分からないんだ。僕は、ブラックくんのことを嫌いになりたいわけじゃないのに、時々ひどく君に嫌悪してしまう」
「Nは、俺のこと嫌いなのか」
「違うんだ。・・・違う。僕は、僕自身のことがひどく理解し得ないん。だから、分からないことばかりで、君のこととなると僕はもっと僕がよく分からなくなるんだ」
「俺も、Nがよく分からないよ」「僕は、君になんて言ったらいいのか分からないんだ」

指を絡ませてきたが、特に気にかかることもなくなったので俺も自分から絡み返して、Nの骨張った手を強く握った。

「Nは、俺が嫌い?」

あ、俺自分で言っておいて少しもやもやした。

「そんなことないよ」
「それじゃあ、なんなんだよ」
「だから、分からないんだ、分からないんだよ」

どんどん黄金色の瞳を覆い尽くすかのように影は濃く、深くなり黄緑色はうつむいた。そんな瞳に愛おしさを感じたと言ったら、きっと誰かは俺を笑うだろう。

「好き」

俺は、空気を揺らした。

「俺、あんたが好き」

今度は、Nの鼓膜を直に振るわせる。丁度近くに顔があったもんだから、顔を寄せて耳元で言ってやった。

「ねえ、あんたは?」

ナツミさんに手を握られたときは、ひどく気分が悪く感じたし、同時に煩わしかった。この手を振り切れたらどんなに楽なんだろうと思った。けれど、どうやらあんただとどうも調子が違うらしい。Nは、自らの感情をうまく表現ができないのか、と俺は悟った。

「好き・・・、ってなんだい?」

Nは頭を傾げて問うてきた。

「隙だらけってことだよ」

ついに距離はゼロ地点となり、俺はといえばこいつの口を塞ぐための、同じくちびるでそう言ってやった。




名前を
付けて
あげる

(あんたの感情の名前は、)

(101005)
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