※捏造



今朝から降り続けているしとしと雨のお陰で肌寒い1日が続いていた。ジムからでると、久々に顔を合わせたくない奴に出会してしまった。

「ブラックくんは、母親と二人暮らしなんだね」

僕は人とはなすよりもこの子たちと会話する方がよっぽど気楽なんだと言ったっきり、微笑して、Nはシキジカを愛おしそうに撫でていた。警戒心を抱くことなく、純真なつぶらな瞳を細めてとびきりよろこんでいた。普段から愛らしい振る舞いであったが、ここまで打ち解けている雰囲気に俺は驚いていた。

「なるほど。君の父親は、」
「そんなことまで勝手にしゃべくるなって。シキジカ、ボールに戻すよ」
「気が短いなあ。そんなことじゃ矢っ張り駄目だね。非利益発言をされただけで、こんなにも簡単にニンゲンはこの子たちをボールの中に戻そうとするのか」
「あんたのギアルは、その邪魔くさい髪を早く切れって言ってる」
「・・・君も声が聞こえるのかい!」

そんな訳がない。共同の言語媒体がない限り対等に、不滅的に、普遍的に、渡り合えるなど不可能に決まっている。もちろん相棒たちとは長い付き合いなのだから、なんとなくだが分かるようになってきた。しかし、しかしだ。一語一句を理解できるNには驚かされた。(まあ、言っていること全てが正しいかどうか、ということは置いておく)こいつの両親はきちんと言葉というものを教え込んでやったのだろうか。やたらと発言は意味不明で他者を混乱させていることを知っているのだろうか。

「あんたには両親がいるのか」
「僕は・・・父さんはいるよ。母さんは、分からない。僕が幼いときに、よく泣いていたという記憶が鮮烈な分、他の記憶はどこか彼方さ」
「ふうん・・・」
「君も父親についてはよく知らないらしいね」
「こっちの勝手だろ。あいつがどうなろうが関係ない」
「君は随分彼が、嫌いみたいだ」
「まあね」

くるりと翻しNから視線をわざと外すと、後ろから距離を詰められて、帽子を持ち上げられた。一々なにかと俺の帽子を取っていくのが癖のようで、すぐに定位置に戻してくれた。

「僕には、母さんがいないんだ」
「ふうん」
「母さん・・・、母親という存在に触れたことがないんだ。どういう感触がするんだろうね、母親というものは」
「ふつうだよ。ふつうの人間。母親は役職じゃなくて、記号のようなものだから、母さんもふつうの人間なんだと思う。・・・――ただ、あったかい」
「その温かさはどんなものなんだい?お風呂みたいな、それこそ太陽みたいな温かささなのかい?」

はずかしい比喩を使うなあ。Nは謎が多い存在ではあるが、言葉はいつも真っ直ぐで純粋だった。それゆえなんでも遠ざけて濁すようにはなす俺自身とは違う透明な言葉に翻弄されている。

「温かいっていったら温かいんだよ」
「へえ、そういうものなのかい」

Nは、さも納得したように腕組みをした。その温かみを知らずに生きてきたとは、なんて寂しい存在なんだろうなあと自分までしんみりとしてきた。

「ねえ、寒いよ、ブラックくん」

うん、確かに先ほどジムをでてから直ぐに話しかけられた。ジムの雨除けがあるため、濡れはしないものの、さすがに肌寒い。

「寒いんだ、」

もう一度寒いんだ、と言うとNの目には透明の膜が張っていた。なんて脆いんだ。涙する理由もわからなかったが、特に動揺することもなかった。

「母さんが、泣いているときによくこうやって慰めてくれた」

背中に両手を回してから、軽くさすってやる。母さんが、泣いてくよくよすると、よくこうしてくれた。自然に涙は止まるもんだし、母親に甘えている自分という図式が妙に格好悪く恥ずかしく感じた。こんなに自分は弱くていいのだろうか、甘えてもいいのだろうか。ぐるぐるまわりにまわって考えていたら、母さんは笑って背中をさすり続けてくれた。ああ、温かいなあ、となによりもやさしいものに触れた気がした。
そんなことをぼーっと回想していると、Nは俺の肩に顔を埋めてまた泣いた。嗚咽を漏らすような泣き方ではなかった。ただ、何の声もあげない、なによりも寂しい泣き方だった。

「君が、僕の母さんだったらよかったのにね」
「、なにばかなこと言ってんだよ」

背中を摘む。・・・といっても摘めるような贅肉が背についていないようなそれじゃあ、まったく意味をなさなかった。

「ブラックくん」
「なんだよ」
「温かいね」

Nの涙はいつの間にやらひっこんだらしい。





体感温度



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Nの母親についての捏造と黒の父親についての捏造話をいつか書きたい。
(101002)
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