※本編ネタバレあり
不幸とはなんだろうか。それは幸福でないことだ。この場合幸福という意味が一番重要になる。どんな形であろうが、生きていれば人間必ず幸福というものを体感するだろうと思っていた。それはもう通過儀礼のような、生きているそれだけで丸儲けという戯れ言を証明するように必然的な所作なのだ。そうでなければ、精神もあるいは肉体もぼろぼろに傷つくだけだ。癒すものがなに一つとして存在しないなど、本物の地獄というものなのだろう。
それなのに、あいつはこんな世界にいたのか。俺は半ば無理矢理導かれるように、装飾が暗い城の中へと足を進めた。自らの足音だけがだだっ広いホールにこだましたので、誰かいるような不気味な気分になる。前に進まなければどうしようもない事態なので、なるべく物怖じしないように足幅を広げて押し進む。
コツンコツンコツンコツン
ばらばらと殺伐な足音に違和感を持ち、後ろを振り向けば、ダーククトリニティが音もなく目の前に現れた。なんだ、予告なしにでてくるなと本来は文句を垂れてもいい立場にある俺だったが、相手は明らかに好戦的でなかったのでことを面倒にしないようにおとなしくしていることにした。
「あそこがNさまの部屋だ」
昔からNさまとは面識があったが、あの部屋はいつまでも変わらない、と続けて顎を使ってその一室を指した。急に現れてきたくせに腕を組んで、堂々と仁王立ちしている彼らの姿をみていると気が抜けた。はて、それで俺にNの個人情報の公開をしてなにがしたいのか。少なくとも犯罪云々に使えるはずもないので(もちろんそんなことをするつもりはないが)、そんなチンケな情報はさっさとシュレッダーにかけてゴミくずにしたほうが早い。
「わたしたちには理解できない、しかしお前ならできるかもしれない」
「まさか、あいつの常軌を逸した思考の元に成り立っている空間を理解するなんて。俺には無理ですよ」
「入るか入らないかはお前次第だ」
さりげなくやり過ごすはずが、理由は不明だが入らなければならないような雰囲気に包まれて「どうも」と言って方向転換をしてから理解できないと評された部屋へ入った。
瞬間、あまりの眩しさに目を細める。城内の廊下とは違い、明るい空間はどこか歪で寂れていた。あふれる玩具の山に手入れをされているように動き続ける汽車の玩具の下にひかれるレール。少しも埃を被っていなかったので、つい最近までこの部屋と玩具は使用されていたことが分かった。心が空っぽになるような、空虚で虚しい空しい気持ちになる。それこそ、どんな偽善心でも払ってやりたくなるような。
「N・・・、あんた寂しいのかな」
こんなにたくさんの温かいものに囲まれていなければ過ごしていけなかったのだろうか。あいつの過去がほんの少し垣間見えた。どんな気持ちで今を生きて、どんな想いでプラズマ団の信念を語っているのか。この空間とは、明らかにズレた矛盾だらけの生き方だと思った。
温かいものに囲まれていたいのなら、それこそこの相棒たちといるべきだった。先ほどはなした女神たちによると、彼はあまりにも哀しい過去を送ってきたことになる。そして真実を求めた。――結果があのくだらない信念なのか。傷ついた相棒たちと痛みを分かち合い、生きてきた。本来つくはずのない痛みを背負い、今でもそれが正しいと思っているのだろうか?結論、お互いで傷つけ合うだけでなにひとつ解決しちゃいない。
そんな彼を誰が救う?
「まずあいつを負かしたら、一発殴って」
―――それから、それから一緒に本物の温かさを感じる外へと出て遊びに行こう。もちろん相棒たちもだ。こんなこと俺が言ってやったら、あいつ、どんな顔するかな。笑ってくれるかなあ。
すべて飲み干して
(哀しみをごくり、)
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Nは自分自身の哀しみに疎いというおはなし
(100925)