※過去捏造



いつも遠くからあの子をみていたのだけれどついにしびれを切らして足をいつもと違う方向へ向けた。軽いような重いようななんともいえない足取りで草むらを駆ける。それはあの子への恐怖心にも勝る好奇心が唯一の原動力だったからだ。
誰を見つめるにもいつもうまくいっていたシゲルにしてみれば、相手の心を開かせるなどあまりにも容易なものだと思っていた。まだまだこどもと呼べる年齢でここまで感情を自立させているのは甘える先がなかったためか、それともシゲルが勝手に培っていったかなど知る由もない。
兎に角、シゲルには絶対的な自信があった。赤子をあやす母親のように、あの子と通じ合うなど片手間のようなものだと軽んじた。
見つめた先には祖父の研究所でよく見る生き物があの子を囲んでいた。はじめは襲われているのかと思ったほど、あまりにも至近距離にそのいきものをそばに寄せている。

「なあ、」

「・・・近づくな」

目つきが急変し警戒態勢に入った相手を見据えてシゲルは必死に頭を働かせていた。会話は成立することなく、距離を空けられてしまった。これは明らかなる失敗だった。
この土地マサラタウンは田舎に位置するわけで、顔見知りなんて当たり前である。名前も大体把握しているほどだ。もちろんシゲルの対話相手はご近所さんにあたるわけなので名前を知らないわけがなかった。しかしシゲルには目の前の人物が本当にそのような名前をしていて存在しているのか、ということに確証が持てなかった。ましてや周りからは名前で呼ばれない。いや、名前は呼ばれない。いないもの扱いという位置が正解かもしれない。
シゲルは腕を組み地面と見つめ合った。

「近づかない。分かった、それは守ってやる」

「出てけよ」

「近づかないって。そんなピリピリすんなよ。おじいさまに聞いたことあるけど、お前の周りにいるその生き物たちは飼い主に似るらしいぜ。そんな突っ張った態度してるとそいつらもお前みたいにこーんなんになる!」

シゲルは自分の瞼の端を指で上へ押し上げて目をわざと怒らせる。

「ならないし。オーキドくんには関係ない」

シゲルは自分の名前を突然呼ばれたので面食らったような顔をしてしまった。むずがゆい感情を片手分持て余して、もう相手を見据えることすらできない。
「お前もあいつらの仲間なんだろ」

「何のはなしだ?」

「あいつらも嫌いだけど、うそつきなお前はもっと嫌いだ!」

「待てって!サトシが言ってることがなんなのか、僕は全然分からないよ」

「うるさい!」

という怒声だけ残してサトシは家の中に駆け込んでいってしまった。あの不思議な生き物たちも後を追って静けさが取り戻された。それは風のように吹き抜けた。
シゲルはただ呆然と扉と見つめ合いため息をつく。自分もいっそつかみかかって名前をきちんと確認するくらいすれば良かったと後悔した。あの子を名前という記号で縛るのなら記憶にある「サトシ」というワードしか思い浮かばなかっため、確証が無い中で呼んでしまった。
まだ肌寒い空気を胸一杯に吸って、自分の肺を冷たく冷たくして自らを落ち着かせる術しかシゲルはまだ持ち合わせていなかった。




全てが凍る日曜日
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