「どうしたんだい、急に」
君から会いたいだなんて、正直驚いた。僕のことを散々敬遠していたはずなのに。可笑しいなあ。案外僕の気のせいとかそんなところだろうか。目の前の彼は自分から呼び出しておいて返事すらしなかった。待ち合わせ場所は真っ白で無垢な空間だった。誰にも侵す権利はなく、侵そうにも決して許されることがない罪が一生ついてくるであろう神聖な土地だった。風は止むことなく弔いのように墓石を撫でる。
「これは俺だけの問題な筈なんだ」
拳を握りしめる姿を見ると何故だか彼を抱きしめて頭を撫でてやりたくなった。幾分か身長の差があるので容易にそれは叶った。珍しく制止の言葉も入らなかっので行為を止めることなくお互いの体温を分散させて分け合う。彼の体温は思ったよりも低くて、驚いた。
「人・・・」
「へ?」
「みてるから・・・上に行こう」
彼に言われて気づいた。エントランスのような上が吹き抜けになっている一階は意外と人がいて我に返る。
「そうだね。上に行こうか」
螺旋階段も何回も登り登り登り続け、先々には白い墓石が林立していてこの世の儚さを改めて呪いたくなる。足を進めるごとに彼の乾いた頬には十分に潤った涙の膜が崩れて、滴となってきれいな床を濡らした。とどまることを知らないそれらは彼の心のように、抑えきれない感情を突き破ってやってきたのだろう。事情は全く分からない。それでも僕は悲しかった。同じように涙を流せたらと思った。
そうこうしていると先ほどよりも強い疾風を全身に受け、頂上についたことを知らされた。いつきてもあの鐘は綺麗だ。
過ちを犯し続けている、愚かな人間たちが作ったとは思えないほど見事な姿だった。
「こっちに来て」
手招きされて、彼に近づいた。鐘からのびる紐を振ると、鐘が黄金の音色をどこまでも鳴り響かせた。耳に残る心地いい振幅に身を任せれば彼の瞳はますます水分の傘を増やす。それを隠そうともせず素直に見せてくれる涙を愛おしいと思った。きれいな滴をべろりとひと舐めすれば、海の味がした。うん、しょっぱい。
「俺は、俺、は!」
「無理はしなくていいよ・・・、キミは悲しいんだ。それだけで十分だろう」
「俺は、あいつが、いなくなって、それから」
分かったよ。分かったよ。本当に分かっているのか?これは僕の推測からなる偽善心だけの優しさだ。
「いいんだ。僕はキミのとなりにいるときは笑っていたいんだ」
「俺は、」
「ね、笑ってよ」
頼りなくぎこちない笑顔を作って僕の方を振り向いた彼は今にも壊れてしまいそうだった。パートナーを失う悲しみはまだ体験したことがないのだから、慰めかたがなにも思いつかなかった。今彼になんといおうと哀しみが消え去ることはないのだ。ああ、僕は間違っていたのか。笑顔の強要などさせるべきではなかった。泣かないように泣かないように強くあるようにきっと彼はこれからも生きていくのだろう。それでも、またそんな時があったのなら僕を呼んで欲しい。僕はキミの支えになりたい。僕は、キミに笑っていて欲しいのだから。





キミの傍らで


(100924)
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