パチパチと音を立てて跳ね上がる火の粉をじっと見つめていると、可笑しな世界が広がっていた。さっき森の中で拾ってきた細くて丈夫そうな木の枝でたき火をかき回す。風が吹いてシルバーに吸い寄せられるように、火の手が伸びたので手を引っ込めた。
次の街まで着くことができず、(道行けば道行くほど挑戦者は増えていくらしく、なんとも煩わしい)今夜は野宿となった。
メガニウムは顔を上げて、くあ、と空気を噛み締めるように大きい欠伸をした。この愛らしい仕草をする相方を前々までただの道具同然として扱っていたのに対し、今ではこいつたちだけは信じて旅をしようと思うようになった。気持ちも視点も変われば、手持ちの反応も大きく変わった。

「今夜は冷える。早く寝ろ」

シルバーは感情をいまだにうまくコントロールできないことにあくせくしていた。
全てシルバーのことを理解しているような優しい笑みを残して、メガニウムは顔を伏せ大きな美しい体を小さく丸めた。
軽く頭を撫でると、メガニウムは頭をもたげ、シルバーの手を甘噛みする。以前は自らの行為に対する報復でしているのだと思っていたものが、実は一種の愛情表現だと知った。
シルバーも相方に応えるようにふわりと上着を掛けた。まったく足りない丈も、シルバーの不器用な愛情のようだった。

「さて、」

メガニウムに上着を貸してしまったので、寒さが際立つ。吐く息は白くなかなか寝付けなかった。それでも明日の旅に備えて寝なければと言う不思議な義務感に襲われたので腕を組みメガニウムの体をかり背中を預ける。
こいつの体は温かい。ああ、やはり生きているのだなあと思う。その温かさに包まれて惰眠との葛藤にも終止符が打たれそうだった。

「あ、シルバーじゃんか!」

・・・睡眠の件は片付いたものの、さらに問題紛糾してくる始末だった。人が記したピリオドを無理矢理書き換えてくれたこのあほをどうしろと言うのか。いっそソーラービームの一発でもくらわしてやりたいくらいだ。ちなみに一応補足しておくと生身に、だ。

「なあなあなあ、俺腹減った!シルバー飯くれ。寒いからシチューがいいんだけど」

どうやらヒビキの辞書の中には遠慮、礼儀、空気を読むの対人関係においてとても大切な文字が記載されていなかったらしい。

「シチューが無理だったらココアだけでもいいから。な、お願い!」

手を顔の前であわせてお願い、シルバーさま、神様、最強なトレーナー、いやいや俺前からシルバーくんのファンなんですよお、と思ってもいないことを飽きもせず、ずらずら並べる虚言を聞くに耐えられなくなったシルバーはヒビキに返答を返さずに早速作業に移った。饒舌ばかには、なにを言っても無駄である。

「おっ、さすがシルバーさまさまだなー!俺あんま甘すぎないやつがいいなあ」

「お前は口を閉じるということを知れ」

「いやあさあ、まさか道に迷うだなんて思ってなくて。野宿だってするつもりなかったから食いもん手元になんもないだろ?そんなところに神様だよ。あ、つまりシルバーのことな」

「・・・口を閉じろと言っている」

「なあーお腹空いたよー!我慢できねえよお。あーこんなことなら、苦そうだったけどウイの実を食っとくべきだったか」

「お前は指でもくわえて待っていろ!それから黙れ、金輪際口を開くな、いいか。それからたき火を勝手にいじるな。・・・もうお前は座ってじっとしていろ!」

罵声の一つでも浴びせたいくらいだった。

「あー」

ヒビキは大きく口を開けてボケた面をしていた。やはり今のうちにメガニウムを起こすべきか否か。

「あーん、」

メガニウムに無理強いをしたくないので、この面を覆おうと手を伸ばしたら指がヒビキの口内に覆われていた。覆うもの覆われ、覆われるものが覆った当人にとっては奇異な現状にシルバーは眉を伏せた。

「なにをしているんだ」

「ひふばあのふびほくはへてふんはほ」

「くわえながらしゃべるな!」

今にも指が溶かされそうだった。唾液の粘着質を体感したと同時に、生暖かさに悪寒がした。体は冷えるが人差し指一本だけが熱を保ち、どうにもどろどろに指が溶けてしまったのではないかと錯覚を起こす。
ちくりとした痛みを感じると、ヒビキに指を尖った犬歯で噛まれたことを理解した。
意味不明な現状打破への模索をしているうちにヒビキが口を離した。

「うえー、お前指洗ってないだろ。汗の味がした。しょっぺえよ」

できあがったココアをそそくさ自分の分だけよそうとあぐらをかいて火を囲み、喉に流し込まれる飲料は温かさを主張するようにもやがかかった。

「すっぺえし甘えしよくわからない味になった。どうしてくれるんだよシルバー」

シルバーは、文句を垂れておきながらどんどん飲み進めていくヒビキのさまに呆れを感じた。それからふやけた人差し指についた唾液を上着で拭い、軽く舌打ちをした。

「汚いことをするな」

「なにが?」

「さっきのことだよ。お前不潔って言葉を知らないのか」

「お前が指くわえろって言ったんじゃん。俺が珍しく云々なしに言うこと聞いてやったんだからいいだろ。俺は今食事中なの。マナーをお守りください」

丁寧にお辞儀をされてシルバーの怒りは消失した。もうどうでもいいとさえ思えた。言語不明瞭と言う言葉はこいつのためにあるのだろう。
指をくわえていろと言ったのはただの比喩や慣用の類であって、文字通り実行に移すなどただのおおばか野郎である。

「なあシルバー。お前、ポケモンの愛情表現ってなんだか知ってるか?」

ヒビキは作ったココアをすべて飲み干し満足げだった。メガニウムの規則正しい寝息が深い夜に呑まれていった。

「そんなもの知るか」

本当は実体験をしているほどに今では手持ちたちに懐かれているシルバーであったが、受け答えすら面倒な上に、声を荒げたせいで疲労がさらにたまり睡魔に襲われかけていたのではなしを打ち切ろうと適当な返答をした。

「俺のワニノコはさ、話しかけてやるだけで体をスリ寄せてくるし、俺が少しでもそばから離れればキョロキョロするだろ。あの仕草は反則だよなあ」

「フン」

シルバーは、知ったことかと鼻を鳴らす。

「でな、一番顕著な愛情表現は甘噛みらしいんだ」

「だからなんだ」

「俺もお前に愛情表現をしてみた」

ヒビキは、なんの悪気もなくきれいな笑顔でそう言ってのけた。悪意があったわけでもいたずら心があったわけでもなく、紛れもない彼自身の最上級の表現方法だったらしい。
夜はまだ更けない。いうなればなおさら闇は深まるばかりであったが、ヒビキのアホ面だけはいつになっても目に付くのだ。忌ま忌ましいほどの正直さに羨ましさと恨めしさを兼ね備えて、シルバーも塩辛いヒビキの指を口の中にさらっていった。





追い討ちで結構



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まずい。シルバーをでれさせすぎた。(100906)
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