07


「あり得ない、本当にあり得ない!信じられます?こんな暴挙、もっと早く言ってくれれば心の準備ってものも出来たのに!校長だって、スネイプ教授だって、ねえ、そう思いません?」
「申し訳ありません、ミス・みょうじ……私はてっきり既に知らされているかと」
「いえ、いえ!教授に非はありませんからどうか謝らないでください、問題はあの御二方で……」


当然、スネイプ教授に入学式の日取りを聞いた私は校長室へと突撃してそれはもう激烈に講義を申し立てたわけだが、彼は年甲斐も無く悪戯が成功した子供のようにさも愉快そうに私を見て笑うのみで、何一つ受けあってくれなかった。
これはもう、どう仕様もないわけだけど、怒り心頭、怒髪天を衝く勢いである。
幾ら見た目が幼いと言っても私は歴とした15歳の体を持っているわけだし、名実ともに10歳前後の純粋な子供達の中に混ざって何の支障もなく生活するなんて、無理だ、無理な話だ。
純粋な好奇心で彼らが私の出自を尋ねたら?生まれ育った土地を尋ねたら?一体何と答えろというのか。
"いつ、何処で、誰から産まれたのかは憶えてないの。因みに私、不死身なの"とでも?
7年後には再び死んで、再び生き返るとでも言えというのか?
いやいや、分かってるとも。そんな事を言わせたいわけではないだろう。つまりあの悪戯好きな老人は、その辺の問題を全て私に丸投げしたわけだ。自分で考えろということだ。そもそも……ああ。
もう、来てしまった。名実ともに10歳前後の、未来有望な幼い魔法使いたちが。

では、しっかりね、と私に小声で告げるとマクゴナガル女史は幼い魔法使いたちに大声を張り上げた。
"扉の向こうには上級生が待っていますが歓迎会の前にあなた達の組分けを行います……グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン……"ああ。
そんな話を聞いたのも初めてだ。できれば扉の向こうの上級生としてこの日を迎えたかった……帰りたい、帰る家が何処かも分からないが。
ふと視線を上げると、恐らく最悪な顔をしていると思われる私に可愛い可愛い一年生諸君の視線が集まっている。
うげえ……それはそうだ、何故こいつは最初からこの場に居るのだと思っているに違いない。ああ、もしかしたら上級生だと思われているのかも。スネイプ教授の言葉を鑑みたら、それは希望的観測なのかも知れないけれど。

「ああ、此方は諸事情に因り一足先に本校へ到着していたミス・みょうじです。
……ではミス・みょうじ、皆の中へ」
「はい……」

諸事情、とは上手く言ったものだ。初っ端から悪目立ちして何を聞かれるか気が気ではない、恐る恐る階段を一段降りて彼らの中に足を踏み入れる。
マクゴナガル女史は様子見なのか何なのか一人で大広間へ行ってしまったし、完全に味方がいない私がこれ以上できないくらいに身を縮こませて居ると背後から肩を掴まれた。早速か、ああもう本当に嫌になる……

「なあ、きみ。みょうじって言うのかい?
……ああ、僕はマルフォイ、ドラコ・マルフォイだ」

全世界の人間が遍くその存在を知りながらも、未だ名付けられていない表情がある。
相手が必ず自分のことを評価しているであろうという、期待と満足感、それから優越感を表した何とも言えない_鼻っ柱を折ってやりたくなる表情だ。
御丁寧に先に名乗りを上げてくれたプラチナブロンドの彼は自分の名前に私が反応を示さないことに幾分かガッカリしたようで、釣り上げていた眉根を下げた。いやはややっぱり、この子らは10歳前後の子供なのだ。鼻っ柱などという物騒なことを考えるのは止そう。

「初めましてミスター・マルフォイ……私はみょうじなまえ。
私の苗字がなにか?」
「これは僕の憶測なんだが、きみ、あのみょうじ家の血筋かい?」
「え?あー、有名なの?
……んー、多分そうだと思うけど」

どうやら、みょうじ家とかいう由緒正しい家系があるらしい。アジア系なのか、珍しい。
面倒だからそういうことにしておこうと思っただけで多分そうだと言ったまでだが、これはもしかしたら私は本当にその家系なのかも。
でも嘘を吐くのは気分が悪いし、適当に仄めかすことにする。そのくらいなら良いだろう、多分。

「なんていうか……憶えてないのよね、小さい頃に親が死んだらしくて。親って言ったら養父のことしか知らないの。だから確証は無いよ」
「ははぁ、やっぱり。
……なあ、ここだけの話、僕も父上から聞いただけなんだが……血が途絶えたって言われているみょうじ家に、生き残りの女の子が居るって話さ。殆ど都市伝説みたいなものなんだけど、父上は本当だって仰るんだ」
「……へえ……」
「もしかしなくても、きみだよな。憶えてないのなら、これまでその生き残りの女の子が名乗り出なかったってことも頷けるさ」

_父上にきみのことを紹介しておくよ、きみはスリザリンに入るんだろ?僕と同じに。_
どうやら特別なものが大好きらしい所謂ミーハーな彼は私のことを気に入ったようだ。
私がその"生き残りの女の子"である確証なんて何処にも無いのだけど。……まあ嘘は吐いていないし良いか。私が言ったのは、あくまで"誤解を招きやすい真実"なので。

極めつけに私に握手を求めたあと、彼は次のターゲットに狙いを定めたようだった_ドラコが名前を呼びかけた途端に周りがざわめいたところを見ると、どうやら有名人らしい。癖のある黒髪に丸眼鏡をかけた_これまた可愛らしい男の子_に視線が集まる。
ハリー・ポッター、という名前らしい。
私にしたのと同じように自信満々に自己紹介するドラコを、誰かが鼻で笑った。
余裕綽々に嘲った表情を見せびらかせながら、ドラコが赤毛の男の子に向かって吐き捨てる。

「僕の名がどこか変か?
ああ……言わなくたって君の名前は分かるさ……赤毛に、お下がりでボロボロのローブときた、ウィーズリー家だろ?
……ポッター、魔法族の家柄にも上下があるんだ。友達は選んだほうが良い」

おや、おや……どうやら彼奴は典型的なボンボンだ、親や家柄の権力を自分のものだと思ってるらしい。可愛げがあることは確かだけれど少しばかり度が過ぎるようだ。鳥渡ばかし、調子に乗りすぎてる……。
ああ、見たことか赤毛の男の子が思い切りしょぼくれてしまった、可哀想に。
ハリー(というらしい)も顔を顰めていた。良かった、あの子の神経はまともらしい。
だけどこのままでは赤毛の彼が余りに不憫だ……皆の前で辱められるなんて、馬鹿らしい、血が何だと言うんだ。よし、

「うわっ」

あいたっ、と声に出して私は赤毛の彼の前に盛大に(勿論故意にだ)転けた。やり過ぎだろうか?これで彼が手を貸してくれなかったらお笑い種だ……ああ良かった、彼は少々困惑した表情を見せたものの、手を差し出してくれた。私を引き上げながら、大丈夫かい?と彼が言う。

「恥ずかしい、私ってば。どうも有難う、ミスター・ウィーズリー……優しいのね。
私はみょうじなまえ。もし良かったら、友達になってくれないかな……
あなたさえ、良かったら」
「えっ?はぁ、僕、ロナルド・ウィーズリー……よろしく」
「よろしく。これで私たち友達ね……
嬉しいわ、私は家柄なんて気にしないもの」

両手でロナルドの右手を掴んで、握手する。
今や一年生諸君の視線はロナルドと私に注がれていた。御多分に洩れず私達を見つめるドラコは、信じられないとでも言いた気な顔だ。そんな顔で見られてもなぁ、悪いけど私は人種差別も選民意識も嫌いだ。

「別に人様の思想をどうこう言うつもりもないけど、仲良くした方が楽しいと思うの……ね、ドラコ?」
「……僕も彼女と同感だよ、マルフォイ……友達は自分で選べる」

ドラコに握手を求められて困っていたらしいハリーがちらりと私を見る。
言うねえ!いや、私もずけずけとものを言うほうだけれど。

「何をしているのです?
……準備が整いました、皆ついて来なさい」

悔しそうにハリーと私を階段の上から睨み付けていたドラコの背後からヌッとマクゴナガル女史が姿を現して言った。
ゾロゾロと彼女の後ろから教授並びに先輩方が待つ大広間へ向かう途中、ドラコにローブを乱暴に引っ張られる。なんなんだ、もう大広間に着いてしまうのに……

「どうしたの?」
「……なんであいつと友達なんかになったんだ、きみはあいつの味方なのか?」
「あのねえ、私が好きに友達を作っちゃいけないなんて法律はないの。だから、あなたとも友達。
それともあの子と友達になった私なんかとは仲良くしたくない?」
「…………そんなことは言ってない」
「有難う、よろしくねドラコ」

なんだ、可愛いじゃないか、この子!
玩具が貰えなくてむずかる子供なんだ、まだ。でもこのタイプは身内を大切にするひとが多い。きっとそのうち、心を開いてくれるはずだ。と、思いたい。

思わずにやにやした私にドラコが顔を顰めた頃には、私達は無数の蝋燭が浮遊する幻想的な大広間に先輩方の拍手で迎えられていた。