03

軽くウェーブした金髪を片耳にかけた男の高価そうな乗馬靴がじゃりりと音を立てた。私よりも頭二つ分は高い背丈の彼は眉を上げて伏し目がちに私を見降ろしている。……ん、そういえばこの顔、どこかで……?
頭の中の微妙な引っ掛かりを消化出来ずに私が口を開けたり閉じたりしていると男はあからさまに呆れた顔をして、再び腰を折って目を合わせてくる。

「なあ、きみ、本当に分からないのか?冗談もほどほどにしておいたほうが良いぜ。まったく酷いやつだな」
「ん……?あれ、もしかしてディ……いや、」
「ほら、聞いててやるからその続き言ってみろよ」

え、もしかして、もしかすると……。ああ、この何考えてるか掴み所の無い感じは、あいつか。噂は予々聞いてたけど、まさかこんなにも変わっていたとは思わなかった。昔は掴み所の無い中にも親しみやすさがあったのに。いや、今もそうなのかもしれないけど……なにしろあまりに久方ぶりなものだから。

「ディエゴ……か。久しぶり、随分とでっかくなったね」
「あのなあ……もう少し感激するとか、なんとか無いのか?三年ぶりだろ」
「びっくりしてるんだよ、元気そうでなにより。あなたもこのレースに出るんだね」
「俺はきみが参加することのほうが驚きだけどな……ま、きみならリタイアの心配は無いだろうが。ただし優勝は俺が貰うぜ」

私が落っことした桶を軽く引き上げながらディエゴは横顔で笑った。イギリス競馬界で名を馳せている彼の噂は引っ切り無しに耳にしていたし彼の乗馬における才能は十二分に目の当たりにしてきたから、多少軽率とも取れる発言を疑う気はない。ディエゴが言うからには彼は最善を尽くすのだろうし、本当に優勝してしまうかも。老婆と結婚するという手紙を受け取った時でもう彼の有言実行の程は身に染みて分かっている。彼は自前の手桶に水を移しながらなにか返事を期待するような視線を私に寄越した。

「あなた本当に優勝しそうで怖いよ。私は優勝する気で参加するわけじゃないから、毒盛ったりするのはやめてよね」
「優勝する気はない?じゃあ、どうして?」
「ジョニィが参加するって言って聞かなくて……万が一のために私も一緒に」
「ああ、きみの兄さん、か。本当にきみに迷惑ばかりかける奴だな」

大袈裟に肩を竦めて、兄さん、を強調して嘲るようにディエゴが返してきた。ああ、昔から仲悪かったっけ。特に嫌いになるようなことはお互いされてないと思うけど……まあ、私の関知しないところであったのかもしれない。どっち付かずの私はディエゴともそれなりに親しかったから、こうして今も話して居られるのだけれど。私にとっては二人とも家族みたいなものだ、二人とも良い人間とは言えないけれど人一倍人間臭いから嫌いにはなれない。

「あんまり悪く言わないであげてよ。実は私も楽しみなんだ、こうしてあなたとも再開できたわけだし」
「その辺は感謝してるさ。で、きみはレース直前なのにこんなところでなにしてたんだ?一見すると水を汲む桶が見当たらないようだが……」
「…………」

ああ、こういうとこがディエゴだ。この、人を苔にしたような言い方……。そこまで分かってるならもう少し優しくなれないものかな、貸してやろうかとか、その一言。まあこれが彼なりの親しみかたなんだろうけど。

「急いでたから……桶を買うのを忘れたんだよ。で、汲めないことに気付いてもたもたしてた、っていう……」
「ふーん、そうか、それは災難だな、俺にできることはあるか?」
「……あのね……まあいいや、桶を一つ貸してくれると有難いんだけど」
「ああ、なるほど。貸してやるとも。その代わり、先に俺のテントまで着いて来いよ」

先ほど水を汲み入れた桶を私に渡して、残りの桶にさっさと水を満たしてディエゴが歩き出した。これは確かに、ジョニィは嫌いなタイプだよなあ……。しかし桶を貸してもらった以上文句は言うまい。両手が塞がった彼が顎で指したヘルメットを頭に被って後を追う。昔は同じだった歩幅が今や大きく差が開いてしまったという事実を私は早々に思い知った。




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