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彼女に指輪の特徴や死んだ場所を聞き出し、平子は菜舞と別れた。
彼女の自宅と事故現場はあまり離れておらず、指輪は事故に遭った時に失くしたと言っていた。それなら、近くにあるはずと考えるのが普通だ。しかし、そう考えたのは平子だけでなく、菜舞も事故した場所を覚えていたのだから、既に探し終えているはずだ。それでも、平子は手がかりを探しに事故現場を訪れた。
彼女のハートを射止めた者の選んだエンゲージリングだ。そう安い一品ではあるまい。警察もその一帯を調べているはずだが、見つかっていない。事故現場に遺留品が残されているはずもない。

それでは、どこへ。

持ち去られている可能性が高いだろう。カラスは光る物を集める習性があると聞くし、高価な物なら拾って売りさばいてしまえばいい収入になる。悪意による持ち去りでないことを願うばかりだが。
平子は現場一帯を歩いてみる。ある一本の電柱の側に、いくつかの花束とプッ○ンプリンが置いてある。菜舞のために供えられているのだろう。

「プッチ○プリンが好きなんか」

平子はニッと口角を上げた。
その後も探してみるが、手がかりはない。分かったのは、彼女に対する惜別の念と彼女の好物だけだ。
ただの閑静な住宅街で、彼女は死んだのか。話を聞く限り、自動車と人との接触事故だ。自動車とぶつかったことがないため、平子には痛みを断言できないが、凄まじいものだろう。訓練をしてない生身の人間には耐え難いはずだ。
事故をした場合、どのような車の動きで、どのような状況だったのか、平子には想像できない。

「取り敢えず、辺りの人に事故のこと聞いてみるか」

平子は踵を返した。周辺は住宅地。事故について知っている人が必ずいるだろう。霊体の彼女は一般人には可視できない。できるのは同じ整か霊力をもつ人間、もしくは虚だけだ。彼女は整だが、強い霊力はもってない。虚に食われる可能性は低いだろう。もし虚になったらーーいや、虚になる前に魂葬してやろう。虚になってもいいことなんて一つもない。痛みを伴った苦しみや人間を襲う罪悪感に苛まれることになる。


持ち前の胡散臭さを隠し切れているのか甚だ疑問だが、近所の人に聞き込みをした。ドラマに出てくる刑事の話し方を意識してみたが、やはり平子の胡散臭さや金髪おかっぱだからか、煙たがれる。
平日の昼間、青空が広がり、長閑なティータイムの時間。家から出てくるのは夫人ばかりであった。女性は噂話が好きと聞くが、交通事故に遭った被害者の話題は挙がらないのだろうか。

「どうも。今お時間よろしいですかー?」

彼はチャイムを鳴らし、インターホンで出た女性の声に挨拶する。カメラが内蔵されてるようには見えないので、声だけのやり取りだ。

「どちら様でしょう?」
「先日この近辺で起きた人身事故について調べとるんやけど、2,3お聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、若い女の子が轢かれたやつね」
「ご存じなんですか?」
「ええ。なんて言う子だったかしら、高山…佐藤…?えーと」
「冥地菜舞ですか?」
「そうそう!その子!」

この女性にはきちんと事情を伺えそうだ。

「冥地さんの近くに空の指環ケースが落ちてたらしくてね、プロポーズされたすぐ後なのかしらって話してたのよー でも、その彼氏、プロポーズしたんなら、家まで送ればよかったのにねぇ」
「…そうやな」

言われてみれば、何故彼女は1人で歩いていたんだ? プロポーズされたすぐ後ではなく、プロポーズされた後日だったのか? しかし、エンゲージリングを受け取るということは、彼の婚約の申し出を受けるということだ。

「指環ケース、血が付いてたんですってね。ケースを持ってるのに、指環本体がなかったなんて警察はホントに探したのかしら」
「他にご存じですか?」
「んー、そういえばあなた誰?警察の人にはもう話聞かれたし…警察なら身分を名乗ってたはずだし…」
「オレ…彼女の、婚約者、の友達で…すごいあいつ、後悔してて。なんで家に送らなかったんだって…」

出まかせだ。婚約者だということにしたら、この夫人は事件の概要を話してくれないかもしれない。夫人は婚約者に不信感を抱いている。
中々いい演技がかったセリフ遣いだ。

「そうなのね…」
「だから、オレ…指環、探してやろうと思って」

指環を探しているのは本当だ。本当のことを言った方が指環のことを教えてもらえるような気がした。

「彼女以外は通行人がいなかったのよ、あの夜。ところどころ街灯があるだけで薄暗いのよ、曇ってたし。…治安はいいんだけどね」
「それなのにあいつは帰りに送っていかへんかったんか…仕事?」
「ちょうど車に()ねられたところが街灯がないところで、もし人が通りがかってたとしても足元にぶつからないと気づかないだろうって。だから朝まで発見されなかったの」
「そんなに暗いんやなぁ」
「あなた関西の人?」
「ええ、まあ…」

まとめるとこうだ。
事件の夜、菜舞は婚約者にプロポーズされた。婚約指輪を受け取り、ケースに入れたまま持ち歩き、菜舞は一人で暗い住宅街を歩いていた。そこで車に轢かれ、朝まで気づかれることなく、病院へ連れ込まれた。その後霊体となって、轢かれた時に失くした指環を探していたところ、平子と出会った。

「私が知ってることはこのくらいかしら」
「ほんまおおきに」
「指環探し頑張ってね」

インターホンが切れた。有用な情報が得られた。この家の夫人には感謝だ。

「やっぱ、婚約者が怪しいわ。なんでプロポーズしたのに、そのまま家に帰したんや」



2016.3.5.


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