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当日。
菜舞は緊張していた。緊張で眠れず、いつもより早く起きてしまったくらいだ。
ただ誕生日だから、と贈り物をすればよいのだが、彼女は中々それができない。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようと、障子を開け縁側に出る。

「…すーはー」

菜舞はゆっくり息を吸い、吐く。
だが、高ぶった心を押さえられない。
竿は釣具専門店の店主が薦めてくれた一番よいものを選んだ。菜舞に宛がわれた部屋の隅にこっそりと置いてある。

あの誕生日の贈り物を悩んでいた頃と異なり、空は快晴。雲一つ見えない。久し振りの陽射しに植物は悦び、心なしか輝いているようだ。

「そうよ…然り気無く、自然に渡せばいいの…」
「菜舞?」

菜舞はドキリとする。
バッと光の速さで振り向くと、剣心がいた。
菜舞も幕末の京都を生き延びた一人だ。
任務をこなす時よりも緊張していた結果、剣心の気配を察知できなかったのだ。
彼女は剣心が人斬り抜刀斎ということは知らない。だから、剣心が常人より気配を断てる、ということも残念ながら知らない。

「どどどどどうしたの!!!?」
「菜舞こそどうしたんでござるか。いつもは拙者が起こしに行くまで、爆睡しているのに」
「今日は目が覚めたんです!悪かったわね!!!」
「別に悪いとは言ってないでござるが…」
「う、ぁう…
 ど、どうしたのよ!!??こんな早くから!!!!」
「いつもと同じように菜舞を起こしに来ただけでござるが…
 菜舞、調子が悪いんでござるか?」

菜舞はかなり動揺している様子。

「あ、いや!そんなことはないよ!!起こしに来てくれてありがと!!」

彼女は急いで謝る。
剣心が自分のことを考えてくれたのだ。悪い気はしない。

「ああ。朝餉ができたでござる」

剣心が笑ってくれた。

「…ありがと。いつも」
「当然のことでござる。さ、味噌汁が冷めてしまわぬうちに」
「うん!」

菜舞が頷いたのを確認して、剣心が背を向ける。
彼女は彼の背中を追いかけた。



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そして、辰の刻が半分すぎ、太陽が空の頂上へ近づいた頃。

「ふう。洗濯物、終わったでござるな」
「そうね!!今日も完璧!!!」

菜舞と剣心は洗濯物を干し終えた。空の水色と肌着の白色の補色が美しい。
彼らは達成感を味わっていた。

「菜舞、手伝ってくれてありがとう」
「いや、いいのよー!!私も楽しかったし」

剣心と他愛のない話をしながら洗濯物を干す。こんなに楽しいことはない。

「次はお昼の準備でござるな」
「そうだね。そろそろお腹が空き始めちゃうよ。
 剣心の美味しいお昼ご飯期待してるね!」
「左之に急かされる前に作りたいでござる」
「ふふっ!左之助さんはしつこいもんね」
「菜舞は休憩していていいでござる。手伝ってもらう時には呼ぶから」
「本当?ありがとう。お言葉に甘えて、ちょっと休憩してくるね!」

菜舞は自室へと戻る。
剣心が呟いた。

「…さて、菜舞のために美味しいご飯を作るかな」




菜舞は自室に戻った。
そして発見してしまった。

剣心に贈るための竿を!!!

「し、しまったあああああ!!!!すっかり剣心の誕生日なの忘れてた!!!!」

菜舞は竿に駆け寄り、それを掴む。
剣心の優しさとか和やかさとかその他諸々、剣心に夢中だったのだ。

「剣心、誕生日なのか?」

ヌッと割り込んで来た声の主は左之助である。

「うわああ!!!」
「そんなに驚くなよ。意外としょっくなんだぞ」
「あ、すみません…こんにちは、左之助さん」
「うっす。
 それで?菜舞は剣心に何かやんのか?」
「え、はい。渡そうと思います」
「へぇ、何を?」
「竿が欲しいと言ってたので、竿をあげます」
「竿かい。ふーん。
 (剣心って釣りしたっけな?)」

左之助はそこまで深く考えていなかった。単細胞たる所以であろう。

「まだやらねぇのか?」
「え…。きっかけを失ってですね…」
「そうか!!まあ、頑張りな菜舞!!」
「はい!」

左之助はケラケラ笑いながら応援してくれた。
嬉しかった。

「で、飯まだか?」
「お昼ですか?今、剣心が作ってます」

ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる左之助。

「へぇ、そうかい。ちょっと待ってな」
「はい?」

左之助は言うやいなや、駆けだした。あの方向は…台所だ。

「何するつもりですか!!!?」

菜舞は嫌な予感がして、左之助の後を追った。左之助はきっと菜舞が贈り物をするのを拒むために台所に行くのだろう。そうはさせない。
左之助は外を走るが、菜舞は足袋で床板の上を走る。ところどころ滑って移動しにくかった。
彼の速さならもう台所に着いているところだろう。
変なことを喋られては困る。

あの角を曲がれば台所だ!!

「左之助さん!!!」

台所に勢いよく駆け込んだ。

「おろ?」

そこには剣心しかいなかった。
ぽかんとした表情でこちらを見ている。

「えっと…。左之助さん、来なかった?」
「来てないでござるが…」

――え。

「は、謀られたああああ!!!!!!!!!」
「おろろ?」

大声を上げる菜舞に剣心は訳が解らないようだ。

――剣心の所に行くと見せかけて、私を剣心の元へ誘導したんだわ!!

菜舞が唸っていると、剣心が話しかけてきた。

「その竿はなんでござるか?」
「…竿?」

彼女は手元を見る。しっかりと握られている竿。
剣心に贈るために購入した竿である。
先程部屋で掴んだ後、そのまま左之助を追ってきてしまったのだ。
走ったのに、よく竿が壁に当たらなかったものである。

「菜舞は釣りをするでござるか?」
「あー…。えっと…」

――こうなったら、渡すしかない!!

菜舞は意を決す。
竿を握り直す。

「剣心!!」
「?なんでござるか?」
「誕生日おめでとう!!!」

剣心の方に竿を突き出した。
おろ、という声が台所に響く。

「今日、剣心の誕生日でしょ!?だから!!」
「! ああ、そうでござったな。20日か」
「前に竿が欲しいって言ってたから、竿を買ってきたの!!受け取って!!!」
「竿…?」

彼の頭の中に数週間前の出来事が思い出される。
確か、菜舞に欲しいものはないか、と聞かれた。
その時彼が答えたのは…。

笑えてきた。
剣心は笑いを止められない。

「く…っ!」
「何!?何で笑ってるの?」
「いや…っ!すまぬ」

緩みきった頬で言われても、謝罪を感じない。

「剣心!」
「あの時、拙者が欲しかったのは干すための棹でござる。ちょうど梅雨だったし」
「え…」

菜舞の思考回路、一旦停止。

「あの時、は。洗濯物を乾かすところがないから、棹が欲しいって言った…の?」
「左様でござる」
「…じゃあ竿は剣心が、本当に欲しいものじゃないってこと?」

彼女は躊躇(タメラ)いがちに言う。
剣心が喜んでくれるようにとワクワクして選んだ贈り物で、剣心が貰って嬉しいものでないと意味がない。

「好きな人から貰った竿。大切にするでござる」




聞き間違い思い違い
(剣心も手出すの遅いよな)
(弥彦も人のこと言えねぇだろ、燕の嬢ちゃんはどうした)
(ほっとけ!!)
(…あーあ。私は剣心の誕生日さえも知らなかったのにな)
((それが嬢ちゃん(/薫)と菜舞の思いの差))
(煩い!!!)
2人は殴られた。




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