Others 今日もいつものように茶屋に来ていた。 目的は、兄さんの治療代を払うためだ。 だが、これは形式上。 本当の目的は違う。 誰にも本当のことは言ってない。 弥彦君にも左之さんにも薫さんにも、もちろん兄さんにも。 ------------ 昼下がりのこと。 「おばちゃーん、勘定お願いしますー」 さっき来たお客さんだろう。 若い男性の声。 遠くから聞こえるため、声がぼやけて聞こえる。 すずゑさんは、団子を捏(コ)ねている。 「菜舞ちゃん、ちょっと手が離せないから行ってくれるかい?」 「はい!」 私は暖簾を潜り、お客さんのもとに行った。 「すいません、おまたせ……あ」 「……あ」 目の前にいる男。 水色の上着にYシャツ。 顔に貼りつけた笑み。 間違いない、彼は…瀬田宗次郎。 私の…探していた人。 だが、いざとなったら何も言えない。 何を言おう。 貴方を探していました、なんて私の口からは裂けても言えない。 だから私は、誤魔化すように、 「……2銭になります☆」 って言ってしまった。 なんか、恥ずかしくないか?私。 「…久し振りに逢ったのに、そんな風に誤魔化されたら泣きますよ」 ああ、久し振りに聞いた、その声。 懐かしい。 けれど私の口は止まらない。 「お客様、こんな所で泣くなんて公共の迷惑ですわよ」 「よく解らない日本語になってますよ?菜舞さん」 瀬田さんは私のことを覚えてくれていたようだ。 ちょっと嬉しい。 「……久し振りですね、瀬田さん」 上手く瀬田さんの名前を呼べた。 恋い焦がれた…貴方の名前を。 すると、瀬田さんは少し嬉しそうな顔をした。 以前よりも、自然な…作り笑いではない、本当の笑顔……な気がする。 「!…その、苛々する貼りつけた笑顔も健在でよかったです」 でも、私だから、正直にそんなこと言えなかった。 「それ、本当によかったって思ってませんよね?」 「もちろん、嫌みですから」 「変わってないなー、菜舞さん。体つきも全然」 「何それ、全く胸がないって言いたいんですか?御生憎様、たったの3ヶ月で胸が急に大きくなるなんて話、聞いたことありません」 「…時間って流れるの、早い…ですね」 「? 急にどうしたんですか」 「いや、何でもないです」 「そうですか。なら、早く2銭払って出ていきやがれ」 ああ、私。本当に黙れ。 そんなこと言いたいんじゃないだろう。 「酷いですよ。折角3ヶ月振りなのに」 「菜舞ちゃんー!?まだかい?ちょっと手伝ってくれんかねー?」 あまりにも勘定が遅いからか、すずゑさんが呼んでいる。 「あ、すずゑさんが呼んでる… 早く2銭下さいな、瀬田さん」 「菜舞さんがいると解ったので、もうちょっとここにいます。お団子とお茶、追加で」 「え!?帰れよ、今すぐ!!!」 何でこんなことしか言えないの。 「やだなぁ、僕、客ですよ?」 「少々お待ち下さいませ、お客"様"」 内心、嬉しかった。 私がいるから、瀬田さんはもう少しここにいてくれるんだって。 店の奥に入り、すずゑさんに話しかける。 「すずゑさん、お茶とお団子おかわりだって」 「そうかい。あの棚の上にある袋をとっておくれ、儂じゃ届かなくての」 「はーい」 「助かるよ、菜舞ちゃん。菜舞ちゃんが来てくれて、大分楽になった」 「お互い様ですよ、私もすずゑさんに雇ってもらえてよかったです」 「怪我したお兄さんの治療代に充てるんじゃろ?」 それは建前。本当は違います。 茶屋とかにいたら、旅に出た瀬田さんに逢えるんじゃないかなーって。 「こんなよい子、滅多におらんわい」 「そんな褒めても、しっかり働くくらいしかできませんよ」 「ほっほ、そうかい。じゃあ儂がお団子とお茶を出してくるの」 「あ、私がいきます!袋はここに置いときます!お客さん、知り合いなんです」 「そうかい。じゃあ頼むよ」 すずゑさんから、お茶とお団子の乗ったお皿を受け取り、店先へ急ぐ。 瀬田さんの後ろ姿が見える。 「瀬田さん、持って来てやりましたよ」 瀬田さんの横にお茶とお団子を置く。 「その偉そうな言い方、どうにかならないんですか?すずゑさんが聞いたら悲しみますよ」 「あんたにすずゑさんの何が解るんですか」 「さっき菜舞さんとすずゑさんが話しているのを聞いたので、多少は」 盗み聞きしてたのか、コラ。 「…緋村さん、まだ怪我治ってないんですか?」 「いや…治ってます、けど」 「じゃあ何で治療代を?そんなに高額だったんですか?」 「っ!色々都合っていうものがあるんです!!瀬田さんには関係ないでしょう!!?」 関係あるけど…ね。 言えないのが私。 気不味い雰囲気になってしまった。 「…すみません、聞きすぎました」 「…すいません、言いすぎました」 「被せないでくれますか。瀬田さんと仲がいいなんて思われなくないので」 「何でそんなに名無しさんさんは辛辣なんですか」 「褒めないで下さいよ」 「褒めてませんよ」 よかった、いつもの感じだ。 瀬田さんと素直になれない私の。 「…兄さんは、元気ですよ。きっと今の時間なら、洗濯物を取り入れてると思います」 「そうですか。他の方々も元気ですか?」 「ええ。蒼紫さんは葵屋で次期店主になるらしいですし、左之さんも元気には元気です。あ、…でも斎藤さんは行方不明ですね」 「あの斎藤さんが?」 「はい。兄さんはかなり心配してますけどね。私は生きてるんじゃないかなって思ってます」 「ははは、そうですね!あの斎藤一さんが死ぬなんてありえません」 「ですよね!!」 笑う私。 見ると瀬田さんも声をあげて笑っている。 前に見た時よりも、本物の笑顔に近づいているみたいだ。 あ、そうだ。 「…瀬田さんはこれから何処に行くんですか?」 ちょっと待て、こんな台詞、普段の私なら絶対言わない… 「え?」 「何処に行くのかなぁとちょっと疑問になっただけです。他意はないです」 焦って言ってしまった。 「僕はー… 南に行きます。志々雄さんの所から出てきた時は、暑くなるからと思って北に行ってたんですけどね」 「そうなんですか。涼しかったですか?」 「そうですね、まあまあです。食べ物も新鮮でした」 「へぇ、行ってみたいです」 私は軽い気持ちで言ったのに。 瀬田さんはこう返してきた。 「一緒に行きますか?案内しますよ?」 「え…」 瀬田さんの笑顔に真剣さが垣間見える。 …貴方と一緒に旅を? いいんですか?私なんかが、瀬田さんと旅をしても。 でも、こんな素直になれない私はきっと… 瀬田さんを傷つけてしまうから。 「…遠慮しときます」 「…どうしたんですか?僕はてっきり名無しさんさんなら、馬鹿じゃないですか冗談は寝て言って下さい、とかって言うんじゃないかって思ってました」 「本当に言ってほしいんですか?顔面偽笑顔」 瀬田さんは冗談で言っていたようだ。 ときめいた私が馬鹿だった! 恥ずかしい!! 「酷い言いようですね。もっと女の子らしくできないんですか?…さっきみたいに」 「黙って下さい。私よりも女の子っぽい顔つきしてるくせに」 「褒め言葉ですか?」 「褒めてるつもりはありません。寧(ムシ)ろ貶(ケナ)してます」 「…菜舞ちゃん?」 後ろにはすずゑさんが立っていた。 何だか黒い笑顔が見える。 …あれ、私の視力落ちちゃったかな? よし、平静を装(ヨソオ)うことにしよう。 「あ、すずゑさん。どうしたんですか?」 「ちょっとこっちに来て」 「え?え?ええ!!?」 ちょ、痛い!! すずゑさん力強い!!!!引っ張らないで下さい!!!! 私はすずゑさんに引っ張られ、店の奥に行った。 「菜舞ちゃん、駄目じゃ。そんなんじゃ」 「え?」 何がですか? 「あの坊やのこと、好きなんじゃろ?だったら、」 「え!?」 はぁああああああ!!!!!!!!? なぜバレた!!!!!!!!!! や、やだ。顔が赤くなる!!!!! 「見てたら解るわい。儂に隠しことは通用せん」 「え…」 「素直におなり、菜舞ちゃん」 "それができないんです"と言おうとしたら、すずゑさんに背中を押された。 店先にいる瀬田さんの背中に話しかける。 言うんだ、私。 「…あの、瀬田さん」 瀬田さんはこちらを振り向く。 相変わらずの笑顔だ。 「あ、大丈夫ですか?すずゑさん、凄い表情だったけど」 「言いたいことがあるんですけど、いいですか?」 言え。 伝えろ、私。 「…? 何ですか?」 頭に血が上るのが解る。 (※別に怒っているわけじゃないけどね) 「瀬田、さん…」 よし、言おう。 …むりいいいいいいいいい!!!!!!!!恥ずかしいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!! 「その薄っぺらい笑顔やめやがれえええええ!!!!!!」 やっぱり無理でした (意味が解りませんよ、菜舞さん) (察して下さい、瀬田さん) (やだなぁ、そんなこと言われたら期待しちゃいますよ?僕) (あ…え…/////) ------------- 終われ!!! ここまで読んで下さった菜舞様、ありがとうございました!! fin 2011.12.29./12.4.8. [←] [×] [back] [TOP]
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