3 俺の病気は免疫系の難病で、もうテニスをすることは出来ないらしい。ショックで折角真田だちが見舞いに来てくれたのに話す気になれず追い返してしまった。今俺の手元に残っているのは柳が押しつけてきた本が一冊。 皆が帰った後、何気なく手に取ったその本は何処にでもあるいたって普通の文学小説で、暇つぶしにでも読めるようにと持ってきてくれたのかとも思ったが、裏表紙に書いてある名前を見て驚いた。 「娜乃柚樹…!?」 よく見ると、本に何かが挟まっている。開いてそれを手に取ると、それは見るからに手作りだと分かる娜乃らしい可愛い花のしおりだった。裏返すと文字が書かれていて、それを見て思わず笑ってしまった。 『冬の寒きを経ざれば春の暖かさを知らず』 しおりには彼女の字でそう書いてあっのだ。それを見て、こんなところで挫けてるワケにはいかないような気になった。諦めない。俺はもう一度テニスをするんだということを強く誓った。 少し期待したけれど、病院に娜乃が見舞いに来ることはなく、ずっと借りっぱなしになってしまっていた本を返そうと、退院してやっと学校にこれるようになった日の休み時間、彼女の教室を訪ねた。 「ちょっといい?娜乃、いるかな?」 たまたまドアの近くにいた男子に声をかける。 「娜乃?うーん、今はいないけど?」 「いない?」 教室を見回して探してくれたけど、どうやら何処かへ出かけているようだ。とりあえず探してくれた彼にお礼を言ってその場を離れる。また後で出直す事にしよう。 そう思って、ふと屋上庭園の様子が気になった。しばらく行っていないから花はどうなってしまっただろう。そこで、ハッとした。 「まさか…ね」 半信半疑のまま屋上庭園へ向かう。少しの期待を胸に抱いて扉を開けると、やっぱりそこにいたのは娜乃だった。 会わなかった間に伸びた少し長い髪を耳にかけ、花に水をあげている娜乃。色とりどりの花にかかる水がキラキラと光を反射して輝いている。 扉の開く音で気が付いたのか、娜乃がこちらに振り向いた。すると彼女はパッと顔を輝かせ、周りに咲いている花みたいに綺麗に笑ってくれた。 『幸村くん、おかえり!!』 彼女自身が花みたいだと思った。世界が鮮やかに色付いていくのを感じる。もしかしたらこれを恋というのかもしれない。 『花の世話、してみたの。幸村くんみたいに上手に出来なかったけど…』 俺はもじもじとそんな風に言う彼女に近づく。確かに少し不格好ではあるが、俺には世界で一番素敵な庭に見えた。一歩一歩近くことで縮まる距離のように俺たちの関係も縮まればいいのに。 「ただいま。とっても素敵だと思うよ柚樹」 彼女の前に立ってそういうと、一瞬目を見開いて驚いた顔をしたがその後照れたように笑った。いつものように俺もつられて一緒に笑う。君のお陰で俺ははじめの一歩が踏み出せた。 『ありがとう。精市くん』 そして君の笑顔とともに今俺たちの関係も一歩前進する。 花びらの笑顔 「俺、君のこと好きになっちゃったかもしれないな」 『え!?////』 NEXTあとがき Back |