(???と???)
「もう、いいんだろ」
それこそ彼に相応しい言葉だった。ふうと蝋燭の火を消すようにこちらに振り向いたと思うと、相棒の背中側から這い出してこちらにほふく前進で近づいてきた。目は真剣だから笑う訳にもいかない。
「良くないです」
「だってお前、合宿休まなかっただろ?」
「ずっと姿消しとけば話しかけられはしないと思ったんです」
でも先輩たちとあの人たちが仲良くなるなんて聞いてない、と疑問と憤怒が薄い膜になって彼の瞳をとりまいた。きれいな空色は濁っていなかったけれど、尖らせた唇から放たれる棘々は未だに増え続けている。
「――そんなに嫌い?」
「許した後のほうが嫌いになりました」
「それ許してないじゃん」
「そこらへんはまあ……いろいろと僕にも思うことがあるので」
「あれを見ても、か」
黒子の隣に座ると、寝そべっていた黒子はぴっと姿勢を正して三角座りになった。
改めて彼は目線の先にいる長身の男をにらみつける。車椅子は相変わらず忙しなく移動し、日向はメンバーに声をかけていた。体育館の角では今吉さんが大爆笑している。
「あれもこれもそれもどれもです。お天道様が許しても僕が許さない」
「あっなんか今のかっこいいな」
「……昔の青峰くんを知らないから言えるんですよ、それは」
どこからか転がってきたボールを拾い上げ、尚も無表情で告げた。前歯は見えない。小さすぎるのだ。大きく汚い字で落書きがしてある。
「B」
「びぃ」
「馬鹿、のBです。きっと」
彼は泣き出してしまいそうだった。床から太鼓みたいに、裏から叩かれてるみたいな鼓動が手のひらと太ももを容赦なく揺らしているからだと思った。
違うよ、と俺は言った。
「黄瀬はめちゃくちゃ楽しそうだったし、緑間はすごい満足そうな顔してたし、紫原は兄貴ができたみたいになってたし、赤司だっていつか気づいてくれる、というかもうあれが答えだろ」
黒子はこちらを見ようともしない。ちかちかと水銀灯が点滅して寿命を知らせるが、俺と彼にとってはどうでもいいことだった。
「外野の俺たちがとやかく言う筋合いは無いのは分かってる。でも、もう、いいだろ」
お前は知ってるはずだ。あいつらが、もうお前を放り投げたりしないことを。お前は知ってるはずだ。あいつらは、きれいなものだけを持っている訳ではないことを。お前は知ってるはずだ。俺が、俺たちが、お前に嘘なんかつくわけがないことを。
お前は知ってるはずだ。
「もう意地張っても、お前の体力で振り切れる奴なんていないだろ。
……そろそろ、諦めたらどうだ?」
「でも」
「俺の言葉なんかじゃ、信用ならない?」
「っそんな、せんぱ」
「なら話は早いかな」
部員の確認が終わったらしく、主将を乗せて車椅子はこちらに向かってくる。さんざんこき使った挙げ句、日向は青峰をあっさり桐皇に追い返そうとしたらしい。が、一応こちらまで送っていく、と声が聞こえたから違うのだろう。
今吉さんはまだ笑っていた。
「黒子、雑用係ってやっぱ大切なのな」
「こんな真っ黒な人と毎日顔合わせるなんて嫌です」
「ひっで、」
「さっさと帰って下さい青峰くん」
青峰は不機嫌そうな黒子をちらと見やり、困ったような笑い方をした。
「じゃ、この辺で」
「おう。ありがとうな」
いつもは穏やかな彼が、笑いあった二人を見、またも眉間に皺を寄せている。「……無礼の権化みたいな人なのに」なぜクラッチが発動しないんだろう。ぽつぽつ小雨の降るより細いその振動は、きっと俺にしか聞こえてはいない。
「先輩」
「おう」
「僕は、絶対、認めませんから」
「……そっか」
「認めませんから」
確か次の練習は学校対抗ノルマリレーだったはずだ。日向がチームを発表している間、黒子はずっと下を向いていた。
自分の言ったことを後悔しているのかな、とも思った。
「黒子」
「……はい」
「俺はお前のこと、ちょっとだけ知ってるよ」
「え?」
「知らないこともいっぱいあるけど、ね」
「……何が言いたいんですか」
「うん、でも一番わからないのは」
2号がボールと戯れている。
さっきのBだった。
「僕と彼らの思い出」
でしょう、と黒子は下唇を噛んだ。
俺は少し嬉しくなった。やっぱり、やっぱり。ころころと足元にいる2号を抱き上げる。火神が真っ青になって逃げるのを、黒子はやはり無表情で見ていた。
じぃわじぃわ、ちりん。
夏の終わりの音がする。
月白 げっぱく
#eaf4fc
(土田と黒子)
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