(木吉と赤司)


正面玄関に繋がる廊下の奥から、ごろごろとキャスターの音がする。しかめ面をしたチームメイトの車椅子を押しているのは、色黒の巨体をした他校の後輩だ。恥ずかしいのか、しきりに辺りを見回し交代してくれそうな人を探している。我らが主将は、意地でも部活に参加したいらしい。

「あはは、日向も根性あるなぁ。そうだ、車椅子の手配、ありがとうな」
「いえ、お気になさらず。誰だってそうしますよ」

その隣を、人二人が駆けていく。
一方はとても焦っていて、太い眉を寄せくるくると首を回している。どうやらキャプテンを探しているようだけれど、いま追い越したのがそのキャプテンだとは気づいていないらしい。
もう片方は一方に腕を引っ張られながら、もちゃもちゃ口を動かしていた。どうやらキャラメルのようだ。

「敦はまた立ち食いをして……」
「いいじゃないか、スナック菓子よりは」

ぱさ、と軽快なネット音がする。華麗なスリーポイントが決まったのにも関わらず背を向けていた黒髪二人は、おもむろに「三番のB」とハモった。周りから拍手喝采がおこる。よく見ると、ネットの場所に番号が振られているようだ。
二人よりだいぶ背の高いシューターが、満足そうに笑う。

「ここのボール、なんでか記号書いてあるよな」
「近所の方々の落書きさえ利用するとはさすが和成だ」

対照的に隣のコートは静かだ。ぐでんぐでんになって倒れている人物の脇には、結構な量の空きペットボトルが転がっている。今度から一人あたりの配給を増やすよう頼んでみようか。
静かかと思えばいきなり笑い出したり、あの二人はなんだか忙しい。

「ワンオンワン、楽しそうだったな!」
「ポジションが似ていると経験値も増しますから」
「じゃあ俺と赤司はだめ?」
「……やりましょうか?」
「休憩入って暇なら」
「無理です」
「だろー」

赤司はくるりと器用に、指の骨の上でシャーペンを回す。バインダーは紙の束でいっぱいだ。暑さや湿気で紙質がかなり悪化しているのか、黒鉛の滑る音が、だいぶくぐもっている。

「これ、日向さんに渡していただけませんか」
「へぇ……全部の高校分あるのか」
「僕名義で借りたので、僕が署名しないといけないようなんです」
「そうか。おつかれさん」
「当然のことですよ」

手渡されたのは領収書のようなものだった。誠凛高等学校様、うんたらかんたら。日向はこういうの書けなかったらしいけど、リコに頼んだの見てるうちに書けるようになった、って言ってたのを思い出した。

「皆さん、仲が良さそうで何よりです。主宰してよかった」
「そうだな。こんなに贅沢なことはない」
「……テツヤは」

テツヤは最後まで渋っていたのですね、と赤司は下を向いて笑った。怒ってはいないようだった。そう正にその通り、黒子はこの合宿が設定されてからというもの、眉間の皺が絶えなかったのである。

「考えなしに否定している訳では無いんでしょうが」

俺と赤司の視線の先には、コガと黄瀬がさっきまで倒れていたコートでワンオンワンをする、実渕と葉山の喋り声がある。
フェイントで葉山を抜こうとする実渕が、くるりと器用に回りシュートを放った。焦ってボールの軌道を目で追う葉山と勝ち誇った顔をした実渕が、一拍置いて息を合わせたみたいに叫んだ。

「アンタは関係ないでしょ!」
「キャー根武谷クンカッコイー!」
「んだよ、シュート止めたぐらいでそんな怒んなって。葉山はもっと可愛らしい裏声無かったのか」
「葉山よりアタシのほうが可愛いわよ!」
「ワンオンワン……オンワン?」
「新しい単語を作るな」

俺は赤司の肩に手を置いた。ちょうどいい高さだった。少しびっくりして手を赤司は俺を振り向いたから、俺はとくべつふつうの顔で笑っておいた。

「黒子はお前らのこと、嫌いじゃないよ」
「ええ、そうだといいのですが」
「先輩の言うことだ。信じろ」
「……そうさせてもらいます」
「うん。なんたってさあ」

お前は十分、悔いただろう?
純粋な好奇心だけで大衆を動かす、まるで王様みたいな少年は、俺の隣でただの後輩になっていた。
きっと確認したかったのだろう。彼のせい、とも言えるような(えらく悲しい響きだと俺は思った)、怠惰で傲慢な生活のなかで、荒んでしまったかつての戦友が、前以外も向けているかを。

「僕は正しかったんです」
「うん」
「彼らの上に立っていたのが僕じゃなかったら、こうはならなかった」
「うん」
「でも、やはり僕は、テツヤに許しを請わなくてはならなかった」

バインダーを舞台に置いてゆっくり伸びをした赤司は、転がってきたボールを拾い上げて眺めている。あまり質のよいものではなかった。

「年下の僕が言うのもなんですが、玲央も小太郎も永吉も弟みたいに見えるんです。自分よりはるかに大きいのに、不思議でしょう」
「自分よりはるかに大きいのにか?」
「僕が開いた傷口とはいえど進んで塩を塗り込まないでください」

葉山は根武谷に肩車を要求していたが、やはり断られていた。かわりにと差し出された黒い両腕につかまって、幼稚園児のように遊ぶ葉山と実渕を、なんだか羨ましそうに見つめている。

「ははは。やっぱり、赤司は青峰たちよりも見えてないんだな」
「何がですか?」
「前以外、だよ」

赤司はクエスチョンマークを浮かべながら後ろを振り向いて、瞬間走りよってきた葉山たちに押されよろめいていた。木吉さん! と赤司の叫び声が聞こえて、俺は今度こそ怒られてしまうと思ったから、逃げた。

体育館の隅っこで眉根を寄せ、不機嫌そうに火神の背中に隠れているそいつは、普段よりも神経を尖らせているようだった。隠れて存在感を消しているつもりなのだろうが、いつもよりも遠くから見つけることができた。だけど、これは本人の沽券に関わることなので、とりあえず言わないようにしておこう。
















猩々緋 しょうじょうひ
#e2041b

「僕と彼の瞳に霧、のち晴れ」



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