(伊月と緑間)


ぎぃこ、ぎぃことブランコが軋む。作られてから大分経っているのか、鎖は赤茶けていた。大人に近い体格の男が座るには、それはあまりにも小さい。やっと体がはいるぐらいだ。
周りに誰もいないのが幸いしている。外周中の男バス部のほとんどは、ここに来る道のりにある分かれ道のもうひとつを通るからだ。こちらは遠回りかつ住宅街に近いので、うるさくするな、とのお触れが出ているから、余計かもしれない。

公園の深緑は空に負けないぐらい青々としている。休憩時間は始まったばっかりだ。ここで過ごすのもいいかな、と日陰に移動しようとしたとき、ふと見覚えのあるうぐいすの色が視界に入った。

「緑間?」
「……誠凜の」

伊月さん? と彼の形のいい唇が動いた。一度対戦したからか、覚えていてくれたようだ。俺の呼び掛けに気づいて、わざわざこちらに寄ってきてくれた。巨躯にしるこ缶にテーピング。やはり緑間だ。
首には見慣れないゴールドのチェーンがついていた。眼球のモチーフがついているところを見ると、どうやら原宿で買ってきたものらしい。

「その首、ラッキーアイテム?」
「着けるのにわがまま一回ぶん消費しました。……高尾チョイスです」
「だろうな」
「ゴールドのネックレスなら何でもよかったのだよ」

ちゃらちゃらとあまり似合わないチェーンを揺らして、彼はブランコのちいさな柵に腰かけた。缶の開く、いい音がする。ここで飲むのか。

「先輩は?」
「ああ、合宿中だとプライベートな空間無くてさあ、疲れちゃって」
「同感です」
「俺もそう思うよ」

夏に汁粉なんて暑くないのかと思ったけど、テーピングの隙間から見える青い文字の「つめたーい」が目を引いたから、聞くのはやめた。

「……ごめん。半分嘘」
「何がですか」
「息苦しく思ってたのは本当。合宿疲れたってのも本当。でも一人になりたかったのは嘘、」
「それはよかったです」

ごめん緑間に言っても仕方ないか、と言う前に切り返された言葉が、いやに柔らかくて俺は心底驚いた。
ぎょっとして彼のほうを見ると、緑間は汁粉を持ったまま地面にしゃがみこんでいた。こちらのほうは見ずに、何かを探している。なにをしているのだろう。

「伊月さん、今俺の顔見えますか」
「えっ? いや……あっ」
「見えますね」

イーグルアイのことを言っているのだと、すぐわかった。体制を変えないまま、ブランコに座ったまま目を凝らす。深い透明な緑の髪が、彼の眼鏡にかかっているのが伺える。
緑間の顔は美しかった。

「……見えた、けど」
「俺からあなたの顔は見えません。うつむいてるんだから当然です。ですが、あなたは見える」

伊月さんならできる、それが普通なのだよ、と言った緑間の左手には、短い木の枝が握られていた。がりがりと地面を引っかく音がする。汁粉の缶は置いたようだ。

「視野が広い、なんて一言で言われても、どう生かしたらいいのかなんてわかりません。当然、」
「人事を尽くすに越したことはない、かな? ってか高尾くんにもやったんだ」
「……高尾よりあなたのほうがいいような気がしてきました」

俺は劣化能力なのに?――とは、どうしても言えなかった。本物の神様のような彼を前にするとなぜか、きれいな言葉しか使ってはいけないような気がした。俺が引け目を感じていることなんて、きっと緑間はお見通しなんだ。

「ありません」
「へ?」
「俺にはそんな目、ありませんから。さっきから言っているでしょう

緑間は無言で棒切れを置いた。足元を見ると、それは目だった。彼のネックレスを模写したと思われる眼球が真ん中にはまっている。どちらかというとつり目だ。

「いくら高尾に似ていようとも、その目はあなただけに宿ったものなのだよ」
「……劣っているのも個性、だと?」
「あなたの能力が高尾よりも劣っているか、決めるのはチームです。あなた自身じゃない」
「だって俺は、高尾くんよりも」
「高尾が力を出しきれているのは、人事を尽くしているうちの先輩と俺のお陰です。……じゃあ、伊月さんはチームメイトが自分に合っていないと仰るんですね」
「っそんなことは」

緑間の言葉に曇りは無かった。絶対的な自信が、きれいに天賦の才を際立たせているのがわかる。真面目な顔から一転、くすりと小さく笑ったかと思うと、静かに続けた。

「誠凛は強い。伊月さんも強い。でも伊月さんが秀徳に来たって、活躍はできないでしょう」
「……それはどういう」
「真ちゃーん! 伊月さーん! 何してんすかー?」

後ろからやけに能天気な声が飛んできたかと思うと、俺たち二人の間にその人は割り込み不思議そうな顔をした。勝手に来て、勝手に疑問符を浮かべている。

「ギャアギャアうるさいのだよお前は」
「だって真ちゃんがキセキ以外の他校の人と一緒にいんのめずらしーと思って……もしかしてお邪魔でした?」
「いや、そんなことな」
「バッチリ邪魔なのだよ」
「ひっど!!」

下に置いてある汁粉缶をいじってケラケラ笑い転げた後、高尾は緑間をコンビニに誘った。失礼します、と俺に軽く頭を下げた緑間をに、俺はただ座ったまま笑うことしかできない。

「ではこれで」
「ちょっ!……あのさ、さっきのってどういう意味?」
「その通りの意味です。その通りの」

瞬間、携帯の着信音が鳴った。日向かららしい。通話ボタンを押す前にもう一度緑間のほうを見たけれど、すでに俺に背を向けて高尾の頭をはたいていた。俺の代わりが彼にできないように、彼の代わりま俺にはできなかったのだと思った。通話ボタンを押す。間違っても日向のものじゃない、ガラの悪そうな低音が名乗った。

















翡翠色 ひすいいろ
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