(日向と青峰)


しまった、と頭で考えた時にはすでに遅く、やけにゆっくり体が落下していくのがわかった。
体育館の床の、使い古されたマーキングがちかちか点灯する。体がいやに熱い。きっと熱中症なんだろう。チームの面子だけじゃなくて、桐皇の選手も一様にして驚いた顔をしている。折角の練習試合だってのに。
ああ、何やってんだ、俺。

「……っと!」
「日向!」

体が完全に横に倒された、のだがひとつも痛いところはないし、意識も曖昧だが途切れなかった。誰かに受け止めてもらえたのだろうか? ぼうっとした視界に、顔が映る。こいつか。

「主将!」
「ありがとうございます青峰君」
「礼はいい。それより早く運んだほうがいいだろ。俺そのまんま行くわ」
「わかった。ありがとう……すいません今吉さん、青峰借ります」
「エエよエエよ? おら青峰、走れな。桃井おらへんけど一人で大丈夫か?」
「ウス、わかんなくなったら携帯鳴らすんで」
「おう。じゃあ自分らは続けとるから」

会話の内容から、どうやら受け止めたのは青峰らしいと想像がついた。そういえば自分を支えている腕の色がやけに黒い。眼鏡を落としたらしく、色ぐらいしか判別ができないけれど。

「ってか医務室どこだよ、めんどくせぇなこの建物」
「そこ、いってひだり」
「あんたは喋んなよ……あっ、見取り図みっけ」

一度しゃがみこんだ青峰は、俺を横抱きにしたまま駆け出したようだった。そこからすうと意識が遠ざかって、息をする音をバックに目を閉じる。バッシュのスティール音が、聞こえ始めた時だった。











「……っおい、起きたか? ヒュウガサン? あれ、ひーなんとかだよな確か」

これはベタな展開だ、と思った。目をさましたらそこは医務室、俺はベッドの上で、眼前には運んできてくれたと思われる男。俺が女子だったら確実に落ちてただろう。男同士じゃむさ苦しいだけだ。

「あってんぞダァホ……」
「まじすか。俺名前覚えるの苦手なんで」
「さっき伊月……イーグルアイの人が叫んでたやつ」
「それで知った」

おい試合までしたのに桐皇どうなってやがるとか色々つっこみたかったけど、運んでもらった恩を思い出し口をつぐんだ。眼鏡が枕元に置いてあり、震える手で掴んでかけるとやはり深いブルーの髪が洗面所辺りを漁っていた。
おら、と無造作に差し出されたものを受けとる。ひやりと指先を白くするそれは氷枕だったが、体は一向に冷めない。もっと冷たくしなければ。

「ちょ、タオルは取るなって」
「だって、あちい」
「低温火傷でもしたらどうすんだよ。言っとくけど怒られんの俺だからな」

氷枕をくるんでいたタオルを剥ぎ取ったそばからまた巻かれ、首の裏に差し込まれた。体を支えてくれるところを見ると、結構世話焼きなタイプらしい。
薄いタオルケットが投げ込まれたから一応掛けた。また文句をつけられたら困るので言う通り仰向けから寝返りをうたないようにしたが、視界からはあまりもやが取れなかった。あの敏腕マネージャーがいるだけあってか、青峰の手際は普通の選手のそれを少し上回っているようだ。

「寝てたのは……五分、ぐらいだな。練習疲れ半分、暑いの半分てとこだと思う」
「おー、マジか。なんか情けねーな」
「倒れちゃったらもうどうにもなんないって桃井言ってたんで。今日は寝てろって神様からのお告げっすね」
「マジかよ」
「マジっす」
「そっか……後で今吉さんに謝りにいかなきゃな」

まだ冷蔵庫を漁っていた青峰は、今吉さんは大丈夫だって言うだろうけど、と笑ってベッド脇に近づいてきた。室温はちゃんと管理されているらしく、エアコンがごうごう頭の上で騒々しい。丸椅子を取り出してベッド脇に座った青峰の手には、半透明の白をしたスポドリが握られている。

「ん」
「あぁ、ありがとう」
「ってか日向サンの手ちっちぇーなおい」

俺に手渡されるはずだったペットボトルがシーツの上に皺を作った。確かに彼の手は一般人のそれをはるかに凌駕している。俺は身長の割に小さい方なので、掌なんか合わせられたらたまったもんじゃない。尚も指やらを無骨に触り続けられるけど、あまり力が入らないので放っておくことにした。

「緑間とかタッパあるからやっぱでかいじゃないすか。スリー打つなら腕とか長いほうがいいし」
「……何が言いたいんだよ」
「だぁから、スゲーって言ってんだよ」

にかり、八重歯が唇の隙間から光って見えた。ずけずけものを言うタイプだと思っていたが、ひねくれてはいないらしい。「青峰君は意地悪だし正真正銘の馬鹿です」黒子の言っていた言葉を思い出す。あいつも存外素直じゃない。

「っははは、キセキに言われたら悪い気はしねーな」
「思ったこと言っただけっすよ」
「ああそうだ、運んでくれたのと、ずっと看病してくれたの、サンキュな。休憩使わして悪い」

鳩が豆鉄砲食らったような顔をした青峰は、俺の手をとったまま、は? と阿呆な声をあげた。もうすぐ小休憩が終わるだろう。時計は俺の倒れた時間より、三十分は後を指していた。













紺碧 こんぺき
#007bbb

「俺と彼のやさしい嘘」

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -