yesterday once again




まだ道に雪の少し残ってる日、剣城には赤がよく似合っていた。
全身真っ赤っかという訳にはいかないけれど、控えめなチョコレート色のスキニーに、鈍く光る赤いダウンがとてもかっこいい。俺には多分絶対、似合いそうもないからだと思うけど。
バレンタインシーズンのショッピングセンターに着いて、一番初めにしたことは、1ヶ月前から我慢して貯めた貯金を使ってオールシーズンのTシャツを買ったこと。なんと彼が選んでくれたものだ。中学生だもの、お金はあまり用意できないことを断っておこうと思う。それに、彼と色違いのものが買えただけ(俺はオレンジで剣城は水色にした。いつも着ないような色にしようと言ったのは俺だけど、まさかお互いの瞳の色になるとは思ってなかった)すごくご機嫌なのだから、値段はちょっと安くても気にしない。剣城はどちらかというと倹約家なのだ。
ハンバーガーショップで、前から食べたかった新作を注文した。食べ物の好みが違うことに定評のある俺たちだけれど、二段に連なる印象的な肉の層二つは、俺たちの三大欲求の1つをこれ以上なく満たしてくれた。俺なんか、途中で葵からのメールが来たのに気づかなかったぐらい食べるのに熱中していて、彼に笑われてしまったほどだ。剣城は食べるのが早い。
「あんまり急ぐなよ。ちゃんと咀嚼しろ、ほら水」
「うぐぐぅ……ありはほ、ふるぎ」
「ったく、ほんとに松風トンマだな」
「ふるぎがはやいんらほー」
そのあとはカラオケに行って、新しく買ったTシャツに着替えた。相変わらず剣城の肌は白かったけど、何の気なしに腕の色を比べてみたら俺もかなり白くなっていた。全身防寒具に身を包むこの季節当たり前な話だけど、紫外線量は変わらないのだからもし日光浴しても効果は夏と変わらないんだろうか、という話で随分と盛り上がった。剣城は歌が上手くて、そういえばいつもより声質が優しいことに気づく。彼はロックもJPOPも歌うけれど、好きなのはバラードらしかった。






「ひゃぁあ、楽しかったぁ! カップルだらけだったけど……。剣城、今日はつきあってくれてありがとう!」
「俺も久しぶりにあそこに行ったからな、別に気にすることじゃない」
「あ、そうだ! 今日うち……ってか木枯らし荘泊まりに来ない? 家に誰もいないんでしょ?」
「、……でも誰にも許可は」
「大丈夫だって。置き手紙か何かしとけばいいよ」
今日に限ってごはんを作りすぎていた秋姉は、突然の剣城の来訪をむしろ喜んだ。それからゲームをして(カーレースのやつは俺の圧勝だった。格ゲーは互角の戦いに見えたけど一勝差で剣城が勝った)、お風呂に入って、俺のベッドの横に並べるようにして布団を敷いた。友達とのお泊まりとしては、まあまあ上出来だろうと思った。








一段低い俺の隣に、かすかな寝息が確かにあった。藍色の睫毛の下にはまるで蜂蜜みたいな綺麗な瞳があるのだろうけど、今は白い瞼に被されていて残念ながら見えない。なんたってこんなに間近で剣城の顔を凝視できる機会なんかそうそうないのだから、俺はベッドを降りて彼の隣に座り込んだ。
まさか男を、剣城を好きになるなんて。
もしこんなことを彼に告白したら馬鹿げてる、ってあしらわれるかもしれない。今日だけでもその片鱗を出さないように、至って自然に努めていた。はずだ。
はじまりはぼんやりとした好意だった。前述の睫毛や肌や、男性らしからぬ魅力も感じとることができた。多分、俺は男に惚れたのではなくて、剣城に惚れたんだ。
今日彼に見つからないようにこっそり隠れて買ったチョコレートの包装が、雪が降っているにもかかわらず煌々と存在する満月に照らし出されていた。手のひらの上の、メタリックの赤包装紙。藍のサテンリボン。そして白と橙がマーブルになった薔薇の小さな飾り。



ぴたり、
と左手首に冷たい五本が纏われた。眼球さえ動かさせない無言の金縛りが俺を襲う。
出所がわかっているだけ、理解に、時間が、かかる。
上目遣いに、ハニードロップがほろりと動いた。
「、つ……る」
「松風……」
みないで、これはきみに、
「ぎ、起きて、たの」
「冷たい。お前の手。どのくらい布団から出ていた?」
て?
「俺のも、いや俺のほうが冷たいな。ほら」
剣城の手はひやりと、俺の指と合わさる。心臓が口から出そうなほどにばくばくして胃と肺と肝臓に迷惑かけている。
ふわ、と雪が融けるように口角を上げた剣城の唇がいやに艶かしく、ムーンライトと一体化した。
「もしかしなくても、」
「……まあ、な」
白薔薇は風に揺れず、代わりに藍のサテンが苦笑する。
「……ここまで来て俺たち戻れないよね」
「そういうことに、なる」
「剣城、……楽しかった?」
「ああ」
「じゃあお別れを言おう。あの楽しかった……に」
時計は、丁度夜の12時を過ぎていた。携帯に表示される【2月14日】がとっても愛しかったけれど、剣城の体温に身をうずめたら、それももう、見えなくなった。剣城が百合の花弁みたいな頬を赤らませ、小さな箱を俺に渡す約12時間前の話である。







(もう戻れないけれど、あの素晴らしい昨日をもう一度)








バレンタインですね。まだ付き合ってない所から初めてリア充になってゆく様を文書化しました爆発しろ!!末長く!!!
もう友達には戻れませんよ的な話でした。ウブウブ天京万歳!





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