Assisted Suicide
*イナギャラ序盤ネタ
*ちょっとこわい








その時天馬くんは憔悴していました。


きれいな青空です。カッターのするどい錆で切り刻まれる思いをしています。安全そうな青いプラスチックの柄を持ってこちらに向かってきます。鉄角くんがさくらちゃんとやってきます。安全そうな青いプラスチックの柄を持ってやってきます。

「お前が失敗するから」
「あんたがすっ転んじゃうから」
「だいたいあの時も人に怪我させてまで自分が目立とうとして悪いのもいいところだろ」
「なによあんただってろくに役に立たないまま一試合終わらせたじゃない。人のこと言えないわ」
「なんだと!」

二人の刄の先っちょは天馬くんの身体をすりぬけてずっとずっとずっとずっと奥の奥の奥の奥の奥の奥の方にあるやわらかくて真っ白ででも少しだけ赤の心臓に刺さりましたが天馬くんは何も言いません。これが初めてではないからです。耐えうるだけの器を宇宙のように常に拡大させるために天馬くんはうつむいて宇宙のはじまりについて考えます。



九坂くんと森村さんが泣きながらこちらへ向かってきます。ほとんど前が見えていないので二人とも千鳥足でした。二人は言うなれば昼間のフクロウのようなものでした。手には安全そうな青いプラスチックの柄を持ってやってきます。安全そうな青いプラスチックの柄を持ってやってきます。刄はむき出しです。

「ごめんごめんごめんごめんなさいウチが悪いんですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ごめんごめんごめんごめんなさい俺が悪いんだごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

謝りながら口の端あたりで何か違う言葉を呟く動きかたがしました。それはごめんなさいではありませんでした。それは涙の水泡の先にある互いへの良い意味での懐疑心でした。ばらばらに落ちてゆく足元に、だいぶ影が射し込んでいました。

「あああなたが謝ることはないのになにを謝っているのだろう。ウチは過去に向かって謝っているのに。あなたこそ胸を張って生きるべきなのに」
「ああお前が謝ることはないのになにを謝っているのだろう。俺は過去に向かって謝っているのだ。お前こそ胸を張って生きるべきだ」

二人はゆらゆらと前進して天馬くんにぶつかってその一瞬だけでも天馬くんは顔をしかめるのにじわじわとにじんでゆく二人の涙はカッターを伝ってまたグラウンドに落ちました。紅葉のようだと思った天馬くんは誰のことも見ずにただ秋ネエのことを考えてすぐにやめました。幼い膝がたくさん震えていましたがやがて空気に溶けてわからなくなりました。



「君は僕じゃないでしょう」
「そうだ君は僕じゃない」
「そして僕は君でない」」
「そう。そうだよ。そうに相違ないね」

ざくざくと足し算のように刺さってゆく安全そうな青いプラスチックの柄のカッターを持って皆帆くんは真名部くんに笑いかけていますがとうの真名部くんは一瞥もせず単純化されたその動作だけを繰り返して繰り返していました。

「いいかい真名部くん。僕は君じゃないし君は僕じゃない。君は僕じゃないし僕は君でない。つまり君は僕じゃないし僕は君でなく君は僕でなく僕は君でない。君は僕でなく僕は君でなく君は僕でなく僕は君でない。君は僕でなく僕は君でなく君は僕でなく僕は君でない。君は僕でなく僕は君でなく君は僕でなく僕は君でないのだ。わかったかい? 真名部くん」
「わかってますって。つまり君は僕じゃないし僕は君じゃない。君は僕じゃないし僕は君でない。つまり僕は君じゃないし君は僕でなく僕は君でなく君は僕でない。僕は君でなく君は僕でなく僕は君でなく君は僕でない。僕は君でなく君は僕でなく僕は君でなく君は僕でない。僕は君でなく君は僕でなく僕は君でなく君は僕でないんでしょう? 僕もそれほど馬鹿じゃないですよ」

まるで親しい友人を殺すかのようなそれに皆帆くんは苦笑するとまたチリリと刃を出してその心臓に突き立てました。それが心臓だと知っているのは皆帆くんだけのようでした。
ねえ面白いね。人間というものは。
皆帆くんは喋りましたが真名部くんには聴こえておらずただ静謐の隅にいる天馬くんだけにあてたものでした。天馬くんはもう膝をついていたので皆帆くんは少しだけ思案した後に最後のひとつを自分の手でぽきりと折り真名部くんと血の滴る自分の手のひらを交互に見てまた耳を動かしました。



井吹くんは汗だくになりながら懸命に尖った刄を神童さんに投げたり切り付けたり挙げ句には安全そうな青いプラスチックの柄まで投げつけますが神童さんは何も言いません。というのも神童さんは何重にもなるきれいな包み紙に包まれているので井吹くんの何もかもは届くはずがないからです。

「くそ。くそ。くそ。俺の代わりがいる? 冗談じゃない。俺は俺だ。俺の代わりは俺しかいねえ。くそ。くそ。神童。許さない。神童」

井吹くんは加虐をやめずにいました。彼の投げたものはすべてセロファン紙の上を滑って避けて天馬くんの心臓に刺さりとても白く少し赤い皮膚の微妙な血管を薄く傷つけました。
投げたカッターの一つの当たりどころが悪かったようで心臓をぱっくりと裂いていくのを見ていた神童さんはしばらく空の内側を見ていましたが井吹くんを見ているのが精一杯らしくすぐ井吹くんに向き直りただ飛んでくる凶器を観察していました。

「ぬるいな」

ごめんねを飲み込んでセロファン紙にするのが神童さんの役目でした。



客席には誰もいません。客席は白く塗りつぶされ椅子の影だけが浮き出てそれだけが椅子の存在を示すものでした。出入口は黒塗りでした。非常口の明かりも蛍光色の緑が芝を凝視して苛々と太陽を取り込んでいたため天馬くんはあれはなんだか暗いところで光りそうだなと思いました。ちなみに太陽は真上で白々しく天馬くんの影を消すばかりでうんともすんとも動きません。

「俺だってこんなことしたくないんだ」

と言ってひゅんひゅんときれいに地面と平行な飛行機雲が生まれたそばから死にました。
とても自然な飛行機雲でした。






「剣城……」

倒れる寸前まで天馬くんは剣城くんの名前を呼びませんでした。
剣城くんはその天馬くんの大きくてやわらかくて真っ白で少しだけ赤い心臓の継ぎ目と刺さった安全そうな青いプラスチックの柄ばかりの心臓を撫でながら眉毛をつり上げて心臓を撫でていました。彼の憔悴と悲しみと怒りと痛みと苦しみと寂しさと憤りと理不尽さと優しさと忍耐力と慈愛と憎しみと恐怖と安心と信頼と虚無感と焦燥と精神的重圧と流れない涙に敬意を払っているのです。
馬鹿だと罵ればこの異様に真っ白で小鳥のように震えるこの心臓はどうなるだろう? そう思えてならないのです。剣城くんこそ馬鹿でした。斜に構えていればいずれ好転するだろうと錆にまみれもう何も切れなくなったカッターの刃をしまうこともできず鉄の煮えた幽かな臭いだけを消すことも叶わずにいたのです。ほんの申し訳程度の優しさで無駄に錆び付いたために純粋な白い切り口は赤く汚く変色してそれでも天馬くんは倒れてもまだ薄く目を開けていました。剣城のそれ、もう切れないね。よかった。ねえ俺ちょっと疲れたかも。よかったらこっちに来て。隣に座って。うん。



剣城くんはもう我慢ならなくなって泣きながら片方だけしか力の入いらない天馬くんの唇にキスを落としました。


天馬くんは生きています。



「う、うああ、ああ、あああああ! ああ、あ、あ……うう、あ、あああ! あああ! ああ! ああああう、ううううう……あ、あああああああああううああああああ」
「うん。もういい。もういいんだ、天馬。いいよ。もう大丈夫。大丈夫だ」

お前が傷つく必要なんてどこにも無かったんだと思いました。お前は俗に言う名ばかり管理職とやらであって、それをずっと見殺しにしてきた俺も同じように心臓にカッターナイフを突き刺されるべきであって、息もつけないような土ばかりの単色塗りのグラウンドに閉じ込められて、ああ、剣城くん、俺が死にたい。俺が死にたいのです。お前の疲れ果てた心臓の代わりに死にたいのです。あのやわらかな清らかな心が、これで大地に還ってしまうのかと思うとやりきれません。ふるふると、だいぶ萎んでしまったそれは力なく横たわって死後硬直よりも大きく震えています。

「ま、まだあ、まだ切れるから、切れるから、切ってるんだ。あいつらだって、つらくて、苦しくて、悲しくて、心を、死ぬほど刺されて、でも生きてるんだ。おれだって、おれだって刺されて当然なんだ。だって、生きてるから。つらい人と一緒に、生きてるから」
「違う、違うんだ、天馬……天馬、なあ、天馬。抜こう、このカッター。ぜんぶ受け止めるから。大丈夫だ、信じろよ、なあ、天馬……」

俺は彼の心を救うべく安全そうな青いプラスチックの柄のひとつを握りました。傷口は変色して赤く錆びて錆びて錆びて汚く汚く錆びて錆びて錆びていて変色して変色し変色があ赤い、赤くなくてそこだけ異様に白く光るようなきれいで、透明な液体がつうと伝っていて、これは全部天馬だと思って俺はそれをなめました。
カッターはするりと抜けて、俺の視界はシャボン玉の中にいるようなきれいな白色で、最後に見た天馬は息絶えているようにも見えました。
俺は憔悴していました。













暗い話で申し訳ありません。あとCP要素薄くてごめんなさい。
フォロワーさんからタイトルいただきました。「自殺幇助(ジサツホウジョ)」という意味です。手助けマン。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -