命二つの
(ED後捏造)














桜の降る夜だった。旅館の周りは花盛りの木々に囲まれているから、縁側を開け放しておくとたまに花びらが迷い込んでくる。頬に感じない程の微風が重たく鈍く照らされる花びらを運んでいた。桜をはじめとするが、花なんてもう久しく見ていなかった。

(早々に寝てやがるぜ、コイツ)

風情なんかを楽しむ暇もなく、錦は布団に潜り込んで寝息を立てている。一発殴り起こそうかと思い――やめた。こんなに気持ち良さそうに眠りこけているんだ、俺様にだって良心ぐらいある。うつ伏せからぴくりとも動かないわりには、口のあたりがもぐもぐと動いている。食い物の夢だろうか。
外はひどく暖かかった。襖を開けて寝てもきっと風邪はひかないだろう。







不思議なことにあっさりと牢を出された俺は、行く宛もなく、とりあえずまた過去に行くことにした。雷門中ではどうやらまた別のじじいが現れたらしく、そいつを倒せばいいらしい。他にもこっちから召集された奴らが何人かいて、その中には議長のじじいのところにいた奴もいた。
顔見知りとはいえ、訳のわからない子供に住むところを提供できる私立中学校の経済力にはほとほと感心する。よくそんな金出てきやがる、と思ったが、後ろ楯にサッカー連盟がついていると聞いてなるほどと思った。道理でポンポン話が進むわけだ。エルドラドにいた奴らは俺よりこの時代に詳しいから、その話の進み具合にぽかんとしていた。

「錦」

シーツに触れている黒髪を一つにまとめてみる。ゆるくウェーブしているのはきっと傷んでいるからだ。下の方で結っているから浴衣にぱらぱらと髪がかかる形になっていた。
そのまま頭に触れて、そのまま後頭部に何回か撫で下ろした。錦はんん、と薄く眉間に皺を寄せたが、まだ目覚めてはいないようだ。

好きだとか愛しいとか、あまりそういう感情に結び付けてはいけないような気がした。こいつの性格があまりにもあっけらかんとしていたからだ。でも近くに来てみて気づいた。本当に能天気なのではなく、仲間を励ますためにそう振る舞っているだけだということに。意外と繊細で、心の動きが行動に反映されてしまうことに。師匠とやらがどれだけ錦に影響を与えているかということに。

「おう、お前は色んなモン背負って生きてたんだな。見かけによらず」

無知は罪、とはよくいったものだ。風が入ってくるせいか、彼の耳は触れると冷たく、そして薄かった。さっき抱き合った時は、鉄のように熱かったのに?
俺がわざわざ現代に来たのは、きっとこいつのことが忘れられないからだ。生まれてきた理由さえこいつに見つけられるほど、まっすぐ前を向いていられる彼に、

「……依存かよ」

錦の額を撫でると、うっすら汗をかいていた。このまま襖を開けたまま寝てもよいものだろうかと考えてみたが、朝方寒くなったら嫌なので閉めることにした。世話焼きな俺様とかわりと気持ち悪りぃなとは思うが、あいにくここは相部屋で、俺ぐらいしか世話焼いてあげられるやつはいない。

「おやすみ」

反射的に口にしたその言葉は、どうにも自分にはむず痒いシロモノだ。外を見ると、三日月が桜の頭越しに見える。花を見たいと思うなんて、本当に久しぶりだ。
襖に手をかけると、縁側の庭には桜の大木が猛々しくも静かにそびえていた。外は明るい。観光地のわりに街灯は少ないから、よほど月の光が強いのだろう。
月が綺麗ですよってか。全く馬鹿馬鹿しい。

「龍馬」

「ザナーク」

なんてな、と言う前に体に回された腕を見て振り向くと、やはり布団に人影は見えなかった。手のひらの暖かさが浴衣の布ごしに伝わってくる。いったいいつから起きてたんだ?

「お、お前」
「行ぐな」
「あ?」
「行ぐな言うちょるやいか*1」

多分寝惚けているんだろう、俺の浴衣を掴んで離さない。顔は見えない。背中に押し付けられるかたちになる。俺は前を向いて、桜を眺めているぐらいしかできない。
手は震えている。寒いからではないだろう。
錦は、悪い夢の中にいるのだ。

「俺はどこにも行かねぇよ。今んとこはな」
「本当?」
「本当だっつったら本当だ。ほら、分かったならさっさと布団に入りなおすんだな」
「おまんと出会えてよかった」

俺が未来へ帰るとき、寂しくも悲しくもあったけれど涙は出てこなかった、と彼は言っていた。どうやら彼自身にポジティブシンキングが染み付いて、もう取れなくなってしまったらしい。肝心な時に泣けないのだ、と思った。

「いきなり何言ってんだお前。やっぱ寝惚けてんじゃねえか」
「桜さ眺めちゅうおまん見ちゅうとな、づつのうてづつのうて*2仕方ならんのじゃ。おちおち寝ちゃいられん」

腰あたりにいっそう力がこもる。自分が必要とされていることがわかる。胸の奥に嬉しさが広がるのがわかる。もう友達ではいられなくなってしまった。

「なあ、錦」

俺の腕の中には彼の頭がある。こんな俺を、知ってる奴が笑ってくれるといいがな、と思った。

「こっちこそ、どこにも行かないでくれよ」
「そりゃあ、わしがおまんの側を離れないちゅうことは、逆もあり得なきゃ駄目っちゅうことにゃ?*3」
「それもそうだな、ハハ」

夜空には花弁が散っている。ご苦労なこった、と思う。わざわざ大木から離れて、地面に着くと一生を終えるのだ。でもそんなことを考えていたらきりがない。せいぜいこの短い命(ついこの間少しだけ延びたが)、こいつに捧げてみたい。俺は本当の意味で、生まれ変わったのだと思った。













(――親愛なるYの生誕に感謝を込めて)





書いてていつも思うんですが錦くんの土佐弁がわからなすぎて泣いてます。高知弁間違ってたら指摘よろしくおねがいします!それにしても錦くん高知生まれじゃないのに……
フォロワーさんのお誕生日も兼ねての錦ザナでした。遅くなったけどおめでとう!!
タイトルは松尾芭蕉の句から。「命二つの中に生きたる桜哉」


脚注
*1 言うちょるやいか→言っているじゃないか
*2 づつのうてづつのうて→気がかりで気がかりで
*3 駄目っちゅうことにゃ?→駄目っていうことじゃない?





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