忘却
「神様になりてぇ」

それが彼の口癖になったのは、ついこの間のことだった。何がきっかけとか詳しいところはわからないけれど、とりあえず1日一回は耳に入ってくる。
彼が様付けするほどなのだ、相当なりたいのだろう。

「神様になりてぇ」
「おまんは誰よりも強いんじゃろ?」
「求めるのは強さじゃねえ。言ってんのはシハイリョクとかテンチソーゾーとかの話」

一介の子供ならとても口にしないような言葉を並べてから、ザナークはまた大きな切り株に腰を下ろした。頭の上には溢れんばかりに枝を彩る紅葉が、しとやかに炎の色を湛えている。

「まあ、手に入れたっちゅーことにして、そげん力、何につこうんじゃ」
「そのパワー使って解脱する」
「は?」

ザナークは毛先を指で巻きながら、下を向いたまま言った。それは輪廻からの解脱という意味でいいのか、と問う。返事は帰ってこない。きっと肯定だろう。
生まれ変わるのをやめ、天に留まることを望んでいる? 暴力的なまでに活動的な彼が?

「……山を壊したいとか海を割りたいとかそんなんだと思ってたぜよ」
「そんなもん今の俺様にかかれば朝飯前だぜ」
「ははは、そうか」

小難しいことは自分にもよくわからないけれど、彼が何故神になって解脱したいのかはもっとわからない。はらはらととめどなく降ってくる紅葉の葉はなぜか自分とザナークを避けて地面に下り立っている。
すぐ隣を見るとそこには運河が気持ち良さそうに横たわっている。小舟の一艘には、何人かの後輩がきゃっきゃとはしゃぎながら一心に水面を眺めていた。落葉が川に浮いているのだ。

「あとで混ぜてもらうぜよ」
「フン、そう言うと思ったぜ」

きっと乗りたかったのだ。ダンダラ羽織の裾は時々風に煽られて彼の腕をさらす。東洋系の血が混じっていることは見た目からわかるけれど、それにしては肌が赤い。中東の生まれなのだろうか。
神様と言うよりは、むしろ大魔王に近いかもしれない。

「で、解脱してなにがしたいんじゃ?」
「死なない体になる」
「うん?」
「死んでるとか生きてるとかの概念もねぇんだろ? だったら解脱後は永遠の生命だ」

全部覚えていられるから、とぽつりと呟いて、ザナークはそのまま喋らなくなってしまった。ああ、こいつなりに別れを惜しんでいるのだろうな、とひどく感慨深くはなったけれど、

「ワシぁおまんが神様になったら嫌ぜよ」
「何でだ」
「天上なんかにいたら、こうして話すことも出来んからのう」
「例え話に何むきになってんだ、お前」
「ハッハッハそれもそうぜよ」

死んだら今の時間のことさえ忘れてしまう、と彼は言った。それだけ「残ってほしい」と願ってくれているのだ。最初に顔をあわせた時からは考えられない。
むしろ彼らしい、と思った。
また突風があがり、河のほうから悲鳴と笑い声が聞こえてきた。フェイと黄名子が舟から落ちたようだ。俺はザナークの腕をとって、その船着き場まで走った。後ろは振り返らなかった。振り返りたくなかったのかもしれない。

















もっと錦ザナ書きたいです。
あとふたりともキャラソン出場おめでとうございます!





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