Skeletonized memory
まるで人工物のように輝く、白く重そうな化石が、金の紐で仕切られた枠の中に並んでいる。ここは室内で、至るところにワインレッドのカーペットが敷かれていた。
そうだ。ここは博物館だ。

「京介」

隣には兄さんがいた。いつの間にか俺の手を握っている。病人服のまま出てきたらしいが、足にはなんの欠陥もなさそうに見えた。ちゃんと自らのそれで立ち上がっている。

「ほら、恐竜だぞ」
「そうだね」
「こんなのが地球上に生きていたんだ、信じられないよ」

ゆっくりと、彼は歩みを進める。俺の手は握られたまま、硬いカーペットの毛を踏みしめていた。引っ張られるのがわかる。さく、さく、さく。

「京介もそう思う?」
「ああ」
「それはよかった!」

気がついた時には、既に兄さんの手は小さくなっていた。小学生ぐらいのサイズだ。兄さんは発育が良かったらしいから、俺より少し小さくなる程度で留まる。だけど俺には、とてつもなく小さくなったように思えた。兄さんは口角をきゅっと上げる。

「化石はかっこいいね、京介。これを見てると、世界征服でもできちゃうんじゃないかなって思えるんだ」
「兄さんが?」
「あは、恐竜がだよ、おっかしいなあ京介は。はは、あははは」

六年前の姿をした兄さんが再び歩き出す。俺はその手をそっと握ったまま、後をついていった。さく、さく、さく。まるで芝の上を歩いているみたいだ。

「このまま」
「うん、何だい」
「このまま兄さんと歩いていても、いいかな」
「俺はきみの兄さんじゃないよ」

俺の手を握っていたのは天馬だった。松風天馬。茶髪に青い瞳。兄さんじゃない。

「全部終わったんだよ、京介」

足元で長いカーペットは途切れてしまっていた。床は真っ黒の大理石だ。透き通るような、烏と同じ色をしていると思った。見慣れた子供用の白いポロシャツが倒れている。誰だ? あれはさっきの兄さんだ。大理石に倒れていて、冷たくはないのだろうか。

「行ってはいけないよ。あの優一さんはもう死んでるんだから」
「兄さんが死んでる?」
「うん。生きている優一さんは一人だけ」

死んでいる? 生きている? 兄さんは一体何人いるというのだ。生死より何より、兄さんは一人だけしかいない。兄さん? 俺の知っている兄さんとは、誰だ?

「京介」
「兄さん!」

後ろからまた俺を呼ぶ声がする。兄さんだ。正真正銘の兄さんの声だ。間違いなんかじゃない。松風なんかじゃない。ここはあの日の博物館だ。

「先におかえり」
「なんで? 兄さんは帰らないの?」
「あとで行くよ。ほら……天馬くんも待ってる」
「兄さん……」
「京介!」

音もなく、足元が崩れて行く。編んでいたマフラーがほどけるように、ワインレッドの面積はどんどん小さくなっていった。天馬は俺の手をひっつかんで、後ろさえ振り返らず駆ける。さく、さく、さく。床を踏みしめる軽快なリズムだけが、薄暗い館内を彩っている。速い。速いのに、音の間隔は変わらないのだ。さく、さく、さく。

「待て、兄さんが」
「後ろを振り返っちゃだめだよ京介」
「なんでだよ」
「あれは君の兄さんじゃないから」

兄さん。黒々しい地面に取り込まれて行く兄さん。じゃあ本物の剣城優一はどこだ? まだ息をしている、柔らかな笑みを見せる、濃紺の髪の兄さんは? 兄さんはどこだ? 兄さんはどこにいる?

「俺だよ京介」
「いいや俺だ」
「俺を呼んだかい? 京介」

後ろから無数の声が聞こえる。兄さんのものだが、兄さんじゃない。まるで兄さんにとりついた何かが、兄さんの物真似をしているみたいだ。
聞きたくない。雑音だ。

「て……んま……」
「京介!?」

足に力が入らない。走っているはずなのに、スローモーションを強いられているようで気持ちが悪い。天馬はどんどんスピードをあげている。繋いだ手が離れてしまったら、俺は、いったい、どうすれば?

「京介!」

闇はつうと背中を撫で上げる。すぐそこまで兄さんを模した声が這い上がってくる。京介、京介、俺だよ。京介、聞こえてる?





「京介」

さく、さく、さく。
三つだけ、足跡が聞こえている。
















「……ぎ! 剣城!」
「おい! 剣城が起きたぞ! 信介はトーブを呼んで来てくれ。俺はフェイとワンダバに連絡を」
「わかりました」

そこは幼い頃に訪れた博物館なんかじゃなかった。俺は白い天井と神童先輩を交互に見ながら、ああ何か悪い夢でも見ていたのか、とひとりごちる。さく、さく、さく。芝の音にしては大きすぎだ。

「俺……どうしたんですか」
「熱射病だ。しばらくは寝ていた方がいい。だいぶ疲れてるようだな」
「剣城!」

背中にはばかでかい何かの葉が何枚も敷いてある。ひやりとした感触を首筋に感じて、身を起こすと、西園が大きな瞳にあるだけの涙を浮かべているのが見える。

「ご心配かけました。すみません」
「いいや、みんな疲労は溜まっているはずだ。剣城じゃなくても誰かこうなるはずだったんだよ」
「剣城……」

天馬は何故か唇を噛み締めていた。夢の中と同じだ。眉を寄せて、何かを救えなかった顔をしている。
あと、俺のことを名字で呼んでいる。

「うなされてたよ、剣城」
「ああ……夢に兄さんと、お前が出てきた」
「本当?」

胸を撫で下ろした天馬の手のひらに、爪の痕が残っているのがわかる。相当心配させてしまったようで心苦しいが、夢の中で手をとってくれたのは天馬だ。

「よくわからないが、怖かったと思う。お前は俺を助けようとしたみたいだが」
「出来なかった?」
「……微妙」

俺がそう言うと、彼はやっと笑顔になった。

「じゃあ、最終的に助けてくれたのは優一さん?」
「覚えてないけれど、そうだったらいいと思う」
「俺も同感」

そこで山になったフルーツと薬草を持ったトーブが来たので、俺と天馬の会話は打ち切られることになった。
記憶の底のそのまた底にいた兄さんが、急に浮上したのだと思った。旅の最中で、俺は混乱しすぎたのかもしれない。知らなかった兄さんの姿が、あまりに明らかになりすぎたのだ。パラレルワールド。ゲームセンター。さく、さく、さく。


「おかえり、京介」


















兄さんと博物館に行ったネタで一本やりたかったのですが脱線しましたァー
天京と言い張ってますが中身的にいうと天+京+優ですね。
タイトルは白骨化した記憶 です





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