信じろなんて言うんだろ
「きみのいるところに帰りたい」それが彼の口癖だった。きれいな言葉だと思った。それは対象が俺だから、勝手に俺の主観でしか物事を見ることができないから、なのかもしれない。天上人みたいな美しい人が、俺にふわりとした束縛の言葉をかけてくる。それは重くて甘ったるいものではない。そっと、羽を乗せるような縄のかけかただ。俺はそれをきれいだ、と思っている。きれいだと思っているのは、俺だけかもしれない。

「いつでも東京来ていいんだよ?」
「僕が望んでいるのは永久就職だ。それができないから言ってるんじゃないか。ただの願望だよ」
「赤司ならその気になれば出来ると思うけど。むしろ俺を連れていくとか」
「じゃあもしそうなった場合、きみは了承してくれるのか」
「あー……時と場合による」
「そうだろう。そして、今はその時じゃない」

今年の冬は大雪になるらしい。さっき携帯を開いたときに見た天気予報には、眉の太い雪だるまの絵が並んでいた。青いバケツを被っている、ベーシックなタイプだ。

「赤司ならさ、頑張ったら地球滅亡とかもできそうな気がする」
「やめてくれ。今年は洒落にならない」
「どうして?」
「きみはバスケばかりしていないでニュースも見るべきだな。時事ネタは入試頻出だぞ」
「あっごめん……誕生日に気ぃ取られて」
「その言い訳が通じるのは身内だけだよ?」
「厳しいね……」

外は雪が降っている。受話器越しの赤司の声音は、この冷気を含んだ電波を通して俺に届いているのだ。白磁の色をした肌が、雪に触れて赤みを持つところを見たことがある。恐ろしいほど、きれいだった。

「明日で世界が終わるんなら、いいよ」
「何が」
「赤司の俺んち永久就職?」
「じゃあ聞こう、どちらが妻か」
「……赤司が嫁いで来るんじゃないの?」
「ふふ、"帰ってくる"のは僕だ。おかえりを言うのはきみ、勝敗は決まったようなものだよ」
「いやいやいや」

まあ共働きっていうのも悪くないね、と赤司は電話を持ち変えた。物と物の擦れて聞こえるノイズが重く響く。そろそろ切らなければいけないだろうか。

「光樹」
「ん?」
「世界が終わる前に、言っておくことがある」
「……もう12時近いよ」
「日付が変わるギリギリに言っておきたいのさ」

赤司が言うと、何でもその通りになってしまいそうだな、と思った。預言者、なんてみんな胡散臭いおじさんだと思っていたけれど、赤司が預言者なら俺は十人中十人は赤司の言うことを信じると思うし、放っておいても信者の数は増え続けるんだろうな、と思った。そうなったら、俺の居られる場所とは一体どこだろう。マネージャーとかかな。スケジュール管理とか。……こうなれば、永久就職は完全に俺の方だ。

「きみと最後に話せて良かった。死後の世界があるとしたら、またそこで会えると嬉しいよ。僕の記憶は、もしかしたらそこまで持たないかもしれない。でも僕はきみを見つけようとするし、きみは僕を見つけようとするだろう。そうしたら、また必ず会える。僕はそう信じている」
「赤司、」
「僕が死んだら、やっぱりきみのところにいきたい」

赤司はきれいな人だ。賢い人だ。
強い人でも、弱い人でもある。

「……ずるいよ」
「きみに出会えてよかった。ありがとう。愛している」
「ずるい。本当に、ずるい」

一拍もおかないうちに紡がれた、絹糸みたいな愛の言葉は、まるで今からこの世界が雪のように融解してしまうように思わせた。外にはそれこそ雪が降っている。
きみのところにいきたい。帰るんじゃない、いきたい、と。

「いいよ」
「何がだい」
「俺はいつでもいい。いつでも、来ればいい。
俺のところで、いきよう。征十郎」

それっきり、受話器の向こうはまるで無音になってしまった。何かあったのだろうかと数度呼びかけたら、いきなり爆笑がきぃんと耳を突き刺した。耳の中が痛い。

「あっはははははは」
「がっ耳痛」
「ふふふはははは、ごめんごめん」
「うっ、俺頑張って恥ずかしいこと言ったのにひどいよ……」
「だって、っふ、まさかそう返されるとは」

誕生日プレゼントのおまけはきみかい、と赤司は笑って言った。時計はもう0時を回っていたので、やっぱりこれは意味のない会話だ。世界が終わっても終わらなくても、いつかきれいなままの彼は、俺と消えてなくなってくれるだろうと、俺はそう思っている。

















ずっと誕生日12月21日だと思っててあわてて書き直しました
タイトルは潜水おばけ様





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