Whether he is famous doesn't matter 群れる淡い色をしたカーディガンの中で、ご苦労なことに後輩はまだ作り笑顔を振りまき続けている。助けようにも第一俺はその渦中に入ることすらできない。いや、助けようとも思わない。むしろ潰れて一回死ねとか思っている。
「あいつって絶対女の子に刺されて死ぬよな」
森山も意見は同じのようだ。購買にちらっと顔を出したぐらいでこんなに人だかりができてしまったんだ、無理もないだろう。 当の本人は助けて欲しそうにこちらに目線を送り続けているが、やはりここは無視を決め込もうか。俺だってこの状況を作ったのにあいつが関連していない訳無いし、森山のイライラがつのるという意味でいささか迷惑しているので、まっすぐ売り子のおばちゃんのところへ向かった。だからこっち見んなって。
「いやぁ、俺昼飯ないんで買いたいんッスよ。だからちょっと失礼、なんて」 「えーっ? じゃあウチらとゴハンたべよー」 「いやだから飯ないって」 「ハルコとマキもいいよねっ」 「マジ? キセリョとゴハンたべれるなんてラッキーじゃん」 「あの……」
ハルマキだか何だか知らないが、彼は案外フェミニストなので、こういう誘いには押しきられてしまうような気がした。 「昼飯ぐらい一緒がいいッスって言ってた奴のやることかばかやろう」ぼかり。「スンマセンセンパイ……」うん、シュミレーションは完璧。お釣りを渡してもらいながら、俺の頭の中であいつの泣き言がこだました。 だが、そう俺の思った通りにもならないらしい。
「ねー、キセリョってカノジョとかいないの?」 「いるわけないでしょ、一応事務所の関係とかあんじゃん」 「ちょっと、キセリョ聞いてんの?」 「……彼女はいないけど」 「はぁ?」
好きな人はいるッスね、と心底分かりやすい黄瀬の不機嫌そうな顔が、頭ひとつ以上高い位置から見えた。驚いた女子たちは「キセリョ」の感情の変化には気がつかず、ただ白けたようにその場から去っていった。同時に取り巻きも散っていく。なんか意外なんですけど、ってか。馬鹿馬鹿しい。 お前らが、黄瀬の何を知っていると言うのだろうか。
「お疲れと言いたいところだが俺はお前になりたかった代われ」 「ははは、森山センパイ、あんなんが好きなんですか?」 「数打ちゃ当たるっていうだろ? あれはどう見ても無理だけど」
苦笑いする森山に、こちらに歩いてくる黄瀬はそっスね、とさして気にしていないように口を開いた。 ちょうど言い終わるタイミングで、昼休みの折り返しの鐘が鳴る。顔面蒼白になってもこいつの顔はかっこいい。むかついたらしい森山の歯ぎしりがこちらまで聞こえてくるので、俺はそっとブレザーのポケットに手を突っ込もうとしたが、それを黄瀬のやけにキレーな手が遮った。そこまで大きさは無いが、だいぶ面積が包まれる。
「じゃあ今からセンパイと二人っきりでデートする予定入ってるんで!」 「なっおま」 「おーおー、授業遅れんなよ」
突然手をとられ駆け出す黄瀬を止めるでもなくむしろ送り出した森山は、携帯をいじりながら視界の端で手を振っていた。こいつがまさか公の前でデート宣言をするとは予想外で、とっさに殴ろうかと思ったけれど、ぐんと流れ出した景色は止まらない。 俺もだいぶ走るのは早い方だと思っていたけれど、黄瀬の脚力も相応らしい。制服の掴まれているところが伸びてしまいそうな気がしたが、止まれ、とはなかなかどうして言えなかった。 いやに楽しそうな顔して昇降口の前でやっと止まった黄瀬は、さっきまで焦っていたのが嘘のように太陽光の下で笑う。
「……笠松センパイ、ありがとうございます」 「何がだよ」 「俺のぶんもパン調達してくれたんでし痛っだぁ!」 「調子乗んな」
俺の手から無理やり引ったくった菓子パン2つを見て、へらりと笑ってみせる黄瀬の肩に俺は掌底を食らわせた。それでも笑みを崩さないのだから、もしかしてこの後輩はドMなんじゃないかとたびたび俺は踏んでいる。かん、かんと階段を昇る靴音が2つ、埃っぽい影の中に放られていく。
「……そんなに腹空かしてるならしゃあねえな」 「わぁいやったッス!」 「ったく、そんなもんで喜ぶな」 「センパイから貰ったもんならだいたい喜びますけどねー」
それが嫉妬でも。綺麗な金髪が屋上の風を含んで空に舞い上がった。さっきのぱらぱらと大量生産されていた作り笑顔とは比べ物にならない、これまた白い歯がこちらににいと剥く。フェンスに背をもたれかけて座る黄瀬は、なんだかモデルみたいだった。モデルだけど。
「妬いてたでしょうセンパイ」 「ばーか。あんなんで俺が妬くわけねぇよ」 「へへ……さてはセンパイ、俺のこと相当好きッスね?」 「なんでそうなるんだ馬鹿!」 「だってずっとこっち見てたっしょ」 「……お前もずっとこっち見てただろうが」 「だって嫉妬されてるかなーと思って、ちょっと純情なフリしてみたんスもん。彼女たちには悪いことしましたかね」
やっぱりかわいらしい女の子がこいつの隣にいるときぐらい、森山に加担してもいいと思った。が、黄瀬の演技は完璧で、俺が嫉妬する余地などなかったのだ。
「だからしてねーって」 「なんでそんな言い切れるんスかセンパイ」 「……そりゃお前が自分で言ってたから」 「え、何て」 「彼女はいないけど好きな人はいる、ってやつ」 「あー…………えっ?」
途端耳裏まで赤く染まる黄瀬はやはりニヤニヤとこざかしい笑い方をしていて、震えるピアス以外こちらからは何も見えない。これ意外と恥ずかしいこと言ってしまったのかなとかぐるぐる考えている間に、いつの間にか背中から伸びてきた黄瀬の腕が、俺に巻き付いた。
「幸男さん真っ赤ー」 「うるせぇお前もだろ」 「ねえ俺、浮気なんて絶対しないッスから」 「へいへい」 「騙すような真似してすんません。好きです」 「……ちゅーで許してやる」 「了解ッス!」
もう恥ずかしいついでにどうにでもなれ、と思いながら、俺は黄瀬の後ろがわ、薄く雲の流れる太陽のほうを見つめていた。口の中がひどく甘い。多分菓子パンの味だ。あの女子たちのカーディガンに、良く似ている甘ったるさだと思った。こいつが俺の隣から離れないことぐらい、最初っからわかりきったことだった。
タイトル 「彼が有名かどうかなど、どうでもいいことだ」
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