如何せん君の愛は分かりにくい
11月の空は、雲ひとつなく遠く突き抜けていた。頭ひとつぶん違う距離の内側に、彼はいる。小気味いい程まんべんなく染まっている緑髪が、晩秋の風に掬われてなびいた。

「真ちゃん、カロリー計算とかしてるんだよな?」
「当たり前だ。いきなり何を言う」
「いやぁ、お汁粉って結構甘いから」

色の薄い唇の端が弧を描くのがちらと見え、真似して買って開けようとした汁粉缶がいやに重くなったように感じた。飲むのやめようか、と思う前に体が動いていたようで、いつものパカッといういい音が俺の手のひらで響いた。反射とは恐ろしい。

「なぁ真ちゃん」
「ハァ……」
「ため息つくなよ! じゃあそんな真ちゃんに問題、今日は何の日でしょうか!」

いち、いち、にー、いち! と指で4つ数字を指し示すと、彼はいつものようにシニカルな笑みを浮かべながら、俺の真正面へ回り込んだ。
緑間の、オリーブとラベンダー色のタータンチェックのマフラーが、フリンジごと宙へ舞い上がる。長めに垂らすのが好きらしい。

「はて、知らんな」
「そんなんバレバレですよ緑間サン?」

登校からずっと持ってた、大きさの割に中身の入ってない紙袋。見つけない俺ではない。彼の沽券に関わるからと黙っていたのだけれど、おしゃべり解禁になる下校は緑間相手に思う存分にしゃべくって帰るのが俺の定番となっていた。わざとらしいしゃべり方の真ちゃんは、俺を見てまた目を細めたようだった。

「中身なぁにっかな」
「勝手に触らないでほしいのだよ!」
「えーっだって最終的に俺のもんになんだろ? いいじゃん」
「物事にはまず、順番というものがあるのだよ」

当然人事を尽くさせてもらう、なんて数日前豪語されたはいいものの、正直何をもらったら嬉しいかなんて考えてもほとんど見当たらない。チャリアカーの運転代わってやるのだよ券とか? なんだか小学生の肩たたき券みたいだけど。この前お気に入りだったブックカバーが破れた(今日の朝、学校に急ぐ妹ちゃんから貰った)ことと、練習中にバッシュの紐が切れた(縁起が悪い! って真ちゃんが帰りそうになった時、無駄にパイナップルが犠牲になった)こと、それぐらいだ。









俺は、秀徳を出てしばらくの公園に待たされている。もちろん、かの緑間様にだ。二人ぶんのお汁粉缶を両手に持っているおかげで手のひらは暖かい。手袋を出そうという気にはならないけれど、いかんせん甲が寒くてたまらない。
秋も深まってきたからか、木枯らしは相応に冷たい。真ちゃんこのやろーまだ来ないのかあいつ。どこまで行ってんだか。あっそれともミスディレクション習得して、俺を驚かす、とかかな。

「でもいいや、俺真ちゃんなら百パー見つけられる自信あるし」
「……独り言か? 気持ち悪いのだよ高尾」
「ぴゃあ!」

気持ち悪いのだよ高尾、と降ってきた声と共に、急に触れた氷みたいな指先が頬をかすめる。誰のせだと思ってんだか、緑間の眉間の皺はさらに深くなった。おいおい俺を祝うために待たせてたんじゃないんですか。指がかじかんじゃ彼のアイデンティティー的な意味で良くないんじゃないかと思い緑間の左手を凝視すると、テーピングのしてある方の手だけ手袋をしている。歪みねぇ。

「気持ち悪いとか言うなよなー和成傷ついちゃうぞっ」
「じゃあキモいのだよ」
「語感的にもっとひどいわそれ!」

俺の視線に気付いたのか、真ちゃんが背中に隠した先ほどの紙袋がばこり、と鳴った。俺目線じゃ彼の大きな体躯に覆われている。紙袋は結構な大きさがあったはずなのに、改めて体格の差を思い知らされた。何入れたんだか。
俺がきゅっと目を細めると、ゆらゆらと揺れるオレンジ色の何かが見えた。途端、寒さのせいで元から赤かった真ちゃんの頬は瞬く間に色を増していく。ホークアイを出したのがバレたらしい。そんなに出すのが恥ずかしいものな「薔薇かよ! 」














「花かよ!」
「予約済みだったから、とってくるだけだと思っていたのだよ……」
「……あー、包装? んな男に贈るんだから凝らなくて良かったのに」
「だから俺は人事を尽くすと」
「っは、真ちゃんらしいって思っちゃった俺がいる」
「考えてみろ、花屋に学ランの男子高校生身長2メートル弱を」
「ぶっ!」
「ラッキーアイテム調達のときに比べたらそうでもないのだが、っ人に、贈る、ものだから、」
「真ちゃ……」
「っ勘違いするな! 俺は人事を尽くしただけなのだよ!」

確かにその場で包む割には綺麗な包装だ、と言って耳まで真っ赤な真ちゃんは紙袋から薔薇の花束だけ出して俺に押し付けた。きっと自分で持ってるのさえ恥ずかしいんだろう。そんな真ちゃん見てるだけで俺も恥ずかしくなってきた。腕の中に収まる花束から、いい香りがした。
花束に入っていた本数は全部で10本。秋だというのにどれもみずみずしいシュガーオレンジをしている。若竹色と深緑のかさねの色が目に優しいけど、これは明らかに狙ってるとしか思えない。包装のチョイスは店員さんだろうから文句は言えないけど。

「薔薇の花言葉は本数と色によって変わるからな」
「へー」
「わざわざ調べたのだよ。……だから言ったろう、人事を尽くすと」
「真ちゃんもたいがい俺の事好きだよね」
「茶化すな」
「じゃあオレンジ色はどういう意味?」


絆、無邪気、愛嬌、
信頼、美しい友情。


これ以上無いってぐらい目元をバリバリ朱に染めている緑間が並べ立てた言葉は、えらくこっぱずかしいものばかりだった。けど、言った本人も俺と同じようにお互いから目をそらしている。公園のベンチが即席カップルシートに早変わりだ。二人の間に置いたお汁粉を、とりあえず脇に移動させてみる。
緑間がは数ある人の中からなんで俺を選んだのか、未だに俺は分からない。いつも俺がついていってるだけで、想いが通じてるとかもついこの前まで知らなかった。こんなに想われてるなんて普段の調子じゃわかんねぇよ馬鹿野郎とか言いたかったけど、それよりは断然いとおしさのほうが勝ったから、口には出さない。

「つか無邪気ってなんだよ無邪気って」
「仕方無かろう偶然なのだよ。……いや、意外と似合う」
「ばっ!」

驚いたり照れたり忙しい俺に、俺をからかう余裕のできた真ちゃんはもう一言付け加えた。

「本当は108本用意するつもりだったんだが、やはり経済的な面で無理だったのだよ」

もう爆撃されても立つ気力さえねえってんだちくしょうと思い頭を下げると、真ちゃんの顔が視界の端に映った。ふと笑った形のいい頬が憎らしい、目仕舞っとけばよかった。下睫毛さえ俺を嘲笑ってるみたいに、木枯らしに揺れた。かさついた彼の唇が、馬鹿みたいに綺麗だった。


「10本の薔薇は『あなたは完璧だ』という意味らしい」

俺とお前によく似合ういい言葉なのだよ、なんて緑間は勝ち誇った顔をした。さっきまで薔薇の入っていたぺたんこの紙袋を漁るのを、俺はもう見ているしかない。小さな箱に入ったそれを改めて両手で持ち、テーピングが器用に音もなく開けると、中には同じデザインの指輪が2つ、入っていた。真ちゃんのには到底及ばない大きさの俺の手が問答無用で取られ、向かった先は左手の薬指。滑らかなそれと俺のそれを比べて涙が出そうになった。人事尽くしすぎだお前。

「今ここで誓っても現実味が無さすぎるのだよ。だから今はこれで我慢してくれないか」

と緑間が言うと、すぐに指から外されて、チェーンに通され首に下げられた。一連の動作があまりにも自然すぎて声も出ない俺の唇が、降りてきた彼の唇と少しだけ擦れて暖かくなる。
結婚してくれって、はぐらかし言わないのは緑間の精一杯の優しさだと思う。選択権は俺にある、とでも言いたいのだろうか。
だが、俺もそんなに気が長い訳じゃない。

「あー、真ちゃん」
「……返品は受け付けないのだよ」
「ばっか、誰が返すかよ」

一つだけ、思い出したことがあった。オレンジの束から一本抜いて、包装を一枚巻き付ける。さっきまで花束の一角にあった抹茶色だ。簡易的なそれをぐいと差し出すと真ちゃんは(反射的に)受け取ってくれた。意味を理解したのか俺と薔薇とを交互に見て、口をパクつかせている。やっぱり知ってたかと再確認すると余計に恥ずかしい。

「高尾」
「真ちゃん今こっち見ないでかっこわりぃから! やっべ恥ずかしいなこれ」
「お前が生を受けたことが、俺にとってどれほど救いだったか」

お前にはわからないだろう、といつにもなく真剣な顔をして緑間は言った。今日のツンどこに置いてきたんだろうと思いながら、足りない背丈で抱きつく俺に彼は何も言わなかった。2つに増えた花束が、ぱさりと足元に落ちた。

















1本の薔薇の意味
『俺にはお前しかいない』
108本の薔薇の意味
『結婚してください』


高尾ちゃん真ちゃんと幸せになれ!!!!


20121201 改訂





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