綺麗なものしか信じない ※先に「汚いことなら知りたくない」を読んでおくことをおすすめします。緑間視点のお話です。話は独立しているので、読んでいなくても問題はありません。
昼間の体育館は蒸し暑い。対照的に桃井から受け取ったタオルはひどく冷えていて、そういえば氷のバケツを後輩と運んでいたことを思い出す。隣の男はというと、座ったまま猫のようにバスケットボールを弄っていた。お前は小学生か。まあ頭の中があんな低レベルなら当然のように思えるっちゃあ思える。一つの単語を覚えるのにあいつらは何分かかるのだろうか。ああ、またパチリと瞬きの音がする。何回目だろう視線の先には、美しい深海の色の双眸があった。
「じろじろ見るな青峰」 「マジか、無意識だったわ」 「マジなのだよ」 「……なんかお前に若者言葉使わせたくねぇな」
そう言うと青峰はすこし笑って、適当な方向(に見える)にボールをぶん投げた。あり得ないほど爽快なネットの音がして、落ちてきたボールを黄瀬がキャッチする。犬か。 彼はまた考え事をし出したようで、そいつの意識はさっきのボールのように高速でどこかへ飛んでいってしまった。よく日に焼けた横顔は見慣れない、堅苦しい表情を浮かべていてなぜだか弱々しい。弱々しいだと! 青峰には縁の無い言葉だと思っていたのに、今の彼にはぴたりと、高価なパズルのようにはまった。 あいつが躍動する瞬間が、好きだ。目に光を灯したように(いやきっと彼自身が光なのだ)生き生きと縦横無尽にかけずり回る瞬間が。無駄の少ない、羽のついているようなダンク。一直線のシュート。空気さえ一閃するドリブル。蝶に、似ていると思った。漆黒という響きのよく似合うカラスアゲハ。光の角度で淡く青緑色に輝く羽は、彼の消えぬ熱を思い出させた。 彼のそんなときを知っている人は、ごくごく限られている。ほとんどの奴は、青峰のいちばん輝いている瞬間を知らないのだ。バスケ、特に一対一の戦い(ワンオンワンに付き合ってくれとたまに言われる)。だから昼休みに教室で同級生とじゃれあっている青峰は、本物の青峰ではないだろう。それを見かけるたび何故か心臓の辺りが針で刺されるように痛むから、だ。ちくちくつっつくこの苛立ちはどこから涌いて出てくるのだろう。
「お前ってめんどくさいな」 「いきなり何を言い出すかと思えば……売り言葉ならお断りなのだよ」 「あー、なんだそれ。喧嘩? そーゆー気はない」 「じゃあ何なのだよ!」 「なんでお前怒ってんだよ」 「お前がぐだぐだ意味のわからないことを口走っているからだ」
俺が苛立っている所に追い討ちをかけるな! と語尾を強めたら、暑さに項垂れていた青峰は、はいはいわかりましたよと子供をあやすように短い爪を振った。これではまるで俺が駄々をこねているようではないか。そのまま口に出すと、彼は返事さえせずさっき俺が使っていた濡れタオルをひっつかんだ。新しいものを取ってこればいい、と言いたかったけど、残暑のせいでどうでも良くなってしまったからやめた。 手前のゴールでは、赤司が紫原に何故そこまで身長が伸びたのかを熱心に訊いている。鼻息荒くして紫原にしがみつく赤司に目を丸くした灰崎が、ちょうど足元にあったポテトチップスの袋を踏んで転んだ。
「緑間」
野蛮な外見からはあまり想像出来ない、艶のある声。そこのギャップが女子に人気らしいと黒子が口を尖らせていたのを思い出した。納得がいかなかったのだろう。 振り返ると、やはり色黒の肌が目の前にあった。しかしぬっと視界に入ったのは顔ではなく手のひらで。 いい加減におちょくるのはやめるのだよ、そう、言うつもりだったのに。
「いい加減に「睫毛、ついてる」
嘘であることは、すぐにわかった。うちの体育館には、スライド式の蓋をされた大きな鏡がある。それがいつもとは違い大きく開いていて、ちょうど青峰の真後ろにあった(青峰は気がついていないようだった)。俺の顔なんかいちいち見なくても目に入るから、すぐにでも何がしたいのか、と問い詰めるつもりの、はずだった。 頬に触れた指先はタオルで温度を確実に下げていたはずなのに、何故か鉄板を押し付けたみたいなぐらぐらした熱を持っていた。ぎこちなく目の下辺りを擦る親指の腹の動き、円を描いたり何かを払うように小刻みに這うそれにいちいち反応してしまう自分が情けない、気持ちいい。 きっと暑さのせいだ。
「っ」 「とーれた。あそこ空いたらワンオンワンな」 「ちょっ」 「緑間」
腰が抜けて動けない俺に気付いていないのか無茶な提案をした青峰は、俺から顔を背け小さく呟く。やはり日焼けではなく地黒なのだろうか、耳の裏まで顔と同じ色だった。
「ごめん、俺な、汚れきってるんだわ」 「あ? 汗をかくのは当然のことなのだよ。生理現象を綺麗汚いと言うのは野暮ではないのか」 「チクショー理屈人間め!しょうがないからこの青峰様が抱きついてやろう!」
俺と変わらないような大きさの腕が、背後から胴めがけて突っ込んでくる。きっと俺も彼も、夏の終わりの太陽に踊らされているのだ。そうにちがいない。俺が動けないのを知ってか知らずか、青峰は座ったままこちらにもたれかかってきた。なんだ、クラスの奴と全く一緒ではないか。理由もなくべたべたと甘えて、あいつの本当の姿がなんだとかぐるぐる考えて。 彼の体温で、久しぶりに泣いてみようかとも思った。
「あっついのだよやめろ!」 「発見・いちゃついてる部員、発見・いちゃついてる部員。黄瀬君、至急赤司君に連絡を。どうぞ」 「オーライ黒子っち! どうぞ」 「青峰もっと目線こっち」 「ちょ赤司カメラ」 「いい加減やめるのだよ!」
いやだ、やめないでくれ。 こんなに暖かいところから、俺を連れ出さないでくれ。
青→→→←←←緑 続きものっちゃあ続きものですが一つずつでも読めそうな気がします。 「ツンデレ真ちゃん嫉妬する」の回でした。最近緑間さんを書くとツンがどこかに言ってしまうのですが、受けだとツンデレにしやすくていいですね! あと灰崎君をなんとかして入れたくて無理やり入れたのですが、そのせいで時間軸がひどいことになってしまいました申し訳ありません…… ちなみに付き合ってません。周りは気づいてます。 タイトルは潜水おばけ様
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