取り戻せ完全体
*化身組以外離脱後(イナクロ)
アニメネタバレあり








あんな先輩の顔を、俺は見たことがない。
眉間に皺が寄って目が細まって、まるで世界の全てをけなしているような、そんな顔。
それが、投げ捨てられたグローブの中に、刺さる。
西園の眉が一層下がる。
水鳥の拳が硬くなる。
全部、音が聞こえてくるみたいだ。

もう俺のことなんて覚えてないように、なんの視線も寄越さず先輩は俺の横を素通りした。いつもは分厚い布に隠れて、でも大きくて優しくて暖かかった、あの時もこの時もいつも触れていてくれた掌が、俺のつめたくなったユニフォームを掠める。
せんぱい、
まるでそれが当然のように、俺の声は彼の鼓膜を揺らすことなく空を切った。一人の呼吸音さえくっきり鮮明に風の間を渡り歩くのにも関わらず、
俺だけの音が、無音だ。
足も動かない。
目も。
腕も。
頭も。
体も。
こころも。
全部あの人の元へと
動いてくれるはずだったのに。

みるみるうちに、石の階段と夕焼けがすっぽりと彼を隠した。俺は見ていることしか出来ない。いや、そうではないんだ。
もう何も見えない。
俺には何も見えないのだ。



「先輩!」
彼らが去った後、いとも簡単に俺の体は赤茶けた土の上にするり、と落ちた。脊髄が抜けたらこんな感じなのかなあ、と案外気の抜けたことを考える。急いで剣城が俺を抱きかかえるが、俺の体なんぞ別にどうしてくれたって構わない。もう俺の脱け殻には、がたがたのこころと、塩漬けの眼球しか残ってないのだから。
「しっかりしてください!」
まだ変声期を迎える前の、力強い高い声。
「おい、キャプテン!」
もう俺は指導者ではないのに、そう言って俺を取り戻そうとしてくれている、深い声。
「いやだ、キャプテンまで」
あどけない顔立ち相応の、まだ幼い声。
「あなたまでいなくなったら、おれたちは、おれたちは」
嗚呼、声が聞こえる。
俺は無音だから、受け止めることは出来ないだろうけど。



「おまんが今へばって、それで何が変わる。あいつらを、先輩を取り戻せる奴ちゃあ、わしら以外におりゃせん。違うか」

落ち着き払った救世主の声だけ、違う周波数を持っていた。

「大丈夫じゃけん、戻ってくるにかあらん」
「錦……」
「大丈夫ぜよ。大丈夫」

その手はそう、俺のそばにいてくれたあの人にそっくりで、頭を往復した指の感触だとか、ああ同じ年なのにこんなに成長差があるのかなとか、俺のどうしても棄てられない気持ちを、真っ直ぐ受け止めてくれるような、そんな手だった(体温だけは彼のものよりもかなり低かった。ひやりとした小指がわずかにぎさぎざを描いていて俺は心底錦を尊敬した)。

隣にいた幼い三人は、お互いの袖をひっつかんで涙を見せないようにしていたが、やっと無音の世界から抜け出して声を上げた俺を見たとたんに安全装置が外れたのか、足元に水溜まりができるほどの勢いで泣き出した。余程我慢していたのだろう、俺の情けなさは募るばかりで霧散することはなかった。
そうだ俺たちはまだ子供なのだ。
大きな手を持っていたって、
空を跳べたって、
中身はまだ目も十分に開けない、耳も未発達な子供なのだ。


これから俺たち子供は、見えなくて聞こえない世界に、足を踏み出すこととなるのだ。


たったひとつの、かなしいぐらい大好きだったものを取り戻すために。















三国さん離脱にショック受けてるうちの一人です……拓ちゃん三国さん三国さん言い過ぎだと思う。「サッカーに対する思い」なら離脱した彼らにもたくさんあるのではないかと思ってます。マサキとかね。みんな化身コイン使えばいいと思うよ。
そういや化身組って親子みたいですよね。父→龍馬 母→拓人 長男→京介 次男→天馬 三男→信介 みたいな漫画ほしい。





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