lost angel
*17話直後






翼を無くした天使――。
天使と呼ぶのにはあまりにも戦闘に特化し過ぎた背後の化身をちらと見て、剣城京介はふわりとチームメイトに向き直った。茶髪が揺れてこちらに向かってくるその姿。つい何週間か前は気障り以外の何物でもなかった彼。今となってはどうしてか、彼に対して情に似た感情が剣城の中を侵食している。室内であるはずなのに風が吹くようなこの爽やかなオーラは何だろう。明るくて、真っ直ぐで、それでいて皆を包み込むような――
「剣城?どうしたの?もしかして具合悪い?」
「まっ!……っかぜ?」
「キャプテン!ちょっとトイレ行ってきます!」
彼は監督の了解を得ずさっさと白い腕を引っ張り、トイレとは全く逆方向の控え室へと身を翻した。体を引こうと思ったが、その表情と裏腹かつ場違いな強すぎる力で手を取られた剣城は、大人しく天馬に従うしかなかった。チームメイトはこちらに気付いていない人も多いが、信介は何故か満面の笑みを浮かべたままだったのが妙に気になる。

ユニフォームに幾分ついた皺を伸ばし息を整えた後、彼は困ったように笑った。
「松風…俺は、」
「気にするなって。誰でも遅刻することはあるんだし」
「いや、違」
「いいんだよ」
そう言って天馬は剣城の背中に手を伸ばし、幼子に諭すように語りかける。いいんだよ、いいんだよ、と。これじゃ小学生のまんまじゃねぇか。文句の一つでも言ってやろうと口を開こうとしたその途端、顎と頬に温かいものが伝った。
「剣城」
「ま…っつか…ぜぇ!」
突然の涙に驚いたものの、数秒後には見かねたように剣城の背中をさすり始める。無様だ。無様すぎる。だが気持ちとは反対に涙が止まらない。背に触れられた手と顔を乗せた肩から伝わる温もりに、呆気なく号泣してしまった。
「……っ!……っぅ…!」
天馬はずっと気になっていたことを口走る。
「お兄さん…大丈夫なの?」
しまった、と思ったが遅かった。剣城の嗚咽が増えただけだったのだ。
「お…れっが、らいも、負けさせなか…った、からっ…兄さ、一生あるけな、……サッ、カーも、で…っきな、くっ……っかはっ!っぇほっ!」
「剣城!深呼吸して!」
天馬のさする手が速められ、涙の間から乾いた咳が漏れた。呼吸も出来ない程の痛みが物理的なものでないこと位、天馬は容易に理解している。
「じゃあ…剣城は何で試合に来てくれたの?」
「兄、さんっ…がぁ、いつ、助け…てくれと、言った…サッカーを汚したのはっお、前だ…って…」
「剣城…」
自分の為に必死になって体を張った弟にはあまりにひどい言い様だ。けれど、天馬には分かる。
「大丈夫だよ、剣城。お兄さんは君に心からサッカーを楽しんで欲しかっただけなんだ」
呟いても剣城には聞こえるはずがない。
素直じゃないところも兄弟の本音だと天馬は思う。象徴として、いつの間にか握りしめていた剣城の掌には、爪の跡がくっきり残されていた。悔しい。苦しい。うっすら血の滲むそれは、天馬が慌てて用意した純白の包帯に隠れてだんだん見えなくなった。ああ、彼の心の傷もこんな風に癒すことができたらいいのに。
「すまない…松風」
「いいよ。俺は剣城が傷ついているのは見たくない。それだけなんだ」
控えめな水色のベンチがロッカーに囲まれた二人の間でぎしり、と呻く。巻き終わった包帯の端が、二人の間でひらり揺れた。
「…剣城、そろそろ戻ろう」
「…ああ」
「剣城、」
「何だ」
そうやって、信頼は大きくなる。
「お祝いに何か食べにいこうよ!」
(本音をぶつけられる、兄さん以外の相手)
「フン…礼はする」
(だからね、人を信じてもいいんだよ)
そよ風に包まれて、二人はグラウンドに躍り出る。
そこには遅かったじゃないか、と微笑むチームメイトと割れんばかりの歓声、そして天馬の満面の笑顔があった。






天京可愛すぎて息が苦しい…しぶでロストエンジェルが「迷子の天使」だと聞いたので!最終的に剣城を導くのは天馬だと思っています。幸せになれこのやろー!カプ要素少なくてすいませ…





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