I'm so love with you!



KOHにだって残業はある。出張もある。それは勿論相方の彼だって同じことで、二人仲良くホテルの一室のデスクに向かい、ただひたすらに部屋の窓にぽつぽつ当たる雨の音を聞いていた。とどのつまり、ちょっとした隙に手を止めてしまう彼の見張り役なのだけれど、これまた自分が思っていたほど嫌いではなかったのが幸いしていると思う。これは僕の主観的な意見(そして絶対に合っている自信がある)だけれど、きっと彼だって誰にも監視されたくないに決まっているから、これがロイズさんだったらこっそり抜け出しているだろう。心を許してくれているというのは案外心地よいもので、彼の掌から奏でられるキーボードのプラスチックが踊る音は、遂に僕の仕事が終わるまで止む事は無かった。
「おい、コーヒー買って来るけどいるか? フロントで売ってるかな」
「ああ、お願いします。    うひゃっ!?」
「ひゃー! 凝ってるなあバニーちゃん」
「……土足でベッドに上がらないで下さい。汚いですね」
「ちょっとぉおじさんがぁせっかくバーナビーくんに気ィ使ってあげたのにぃ」
「はいはいわかりました。だから早く買って来る」
「冷てー! バニーちゃん超冷てー!」
僕が頬を緩めながら急かすのを見た彼は、何故か神妙な顔つきで部屋から出て行った。
がちゃん、とオートロックのかかる乱暴な音がする。
と同時に、音がするぐらい一気に体の力が抜けた。倒れこんだ羽毛布団はとても上質なものだったけど、やけくそになってばふばふのしかかる。綺麗にアイロンのかかっていたはずのシーツにみるみる折り目がついて、天気が悪いせいでいつもより多めに巻かれた金髪もぐしゃぐしゃになっていった。もういいや、この際。
いつからこの気持ちに気付いたかなんてどうでもいいくらい、僕は憔悴しきっていた。おせっかいなところも、ありあまるほどの優しさを持ち見返りは求めないところも、辛くても無理して明るく振舞うところも、それが家族の前では顕著なところも、口角を上げると本物のタイガーみたいに八重歯が見えるところも、目元の皺が増えた事も、彼のことは他の誰よりも知ってきたつもりだ。これが男女間の問題だったら僕は、語弊は多少あるがどんな手を使ってでも彼を手に入れていただろう。悲しいかな彼は何処からどう見てもおっさんで子持ちで。彼に理解があるからこそ、彼までの道は遠い。
このまま初めて会ったときに戻れたらどんなにいいだろうと思うのだ。


そのとき突然がちゃりとドアが開いた。とびあがった僕をちらと見た彼はちょっと笑って、
「金忘れちまって……」
と言った。
「いっいきなり入ってこないで下さい!」
「思春期の女子か! ってか、結構前からから気になってたんだけど」
ぽそぽそと唇を動かす彼の眉が少しだけ、ほろりと下がるのを僕は見逃さなかった。
「どうしたんですか」
「お前なんかさ、」
この頃元気ねえよな――

「そ、うですか? 寝不足じゃないかな」
 僕が欠伸をしてみせると、彼はまた困ったように目尻を下げた。
「それならいいんだけどよ、なんか悩み事あったらなんでも相談しろよ? 俺に出来る事は少ないと思うけど……っそうだ、お前もフロント来いよ! いいもん見せてやっからさ」
「えっちょ」
「そうだな、こーんなホテルに缶詰になるよかいいや」
乱れた髪のままの僕の手を掴み廊下に躍り出る彼はとても嬉しそうで、僕はますますどうしたらいいか分からなくなる(元々僕の元気が無いのも寝不足なのもあなたのせいなのだ、分かってやってるんだろうか?)。
それなのに、あなたは何でそんな顔で笑うんだろう。僕のこの気持ちをあなたが知ったら、もう二度とそんな顔で笑えなくなるのにも関わらず!






「ほうら、バニーちゃん、虹!」
ロビーの大きなガラス窓から差し込んだのは、遠い雲間から見えるそれだった。いつのまにか雨は上がっていたようで、完全に晴れ渡ってはいない空はいつもより狭く見えた。
「どうだ? 元気になったか?」
「はい。元気になったかわりに僕のジャケットの袖が二ミリは伸びましたけどね」
「わー! ごめんって! コーヒーはおごるからさ!」
コロコロ変わる表情は子供とあまり代わり映えしない。四十台を控えたおじさんの言動とは思えない幼さだ。ポケットを探る彼の顔がみるみる青ざめていくのも、まったくもって僕の予想通りだ。
「バーナビーさま……」
「しょうがないですね、もう」
入り口のフロントから陰になる位置に、自動販売機があった。足早にそこに移動していた彼の突き出した手。この手にもっと長く触れられたらいいのに。細く節ばった手の甲を裏返す動作がまるでスローモーションみたいに見えた。
ちゃり、と、コインが二つ、タイルに落ちる。
「ちょ、バニーちゃん」
「ごめんなさい虎徹さん。僕嘘つくところでした。尋常じゃないぐらい悩み事があって人肌恋しいんです」
「ば、なび」
「あと三十秒だけ、こうさせてください」
彼は最初は身体を固くしていたが、やがてその滑らかな手を僕の背中に回したようだった。
「そういうことなら最初っから言えよ、な、相棒」
僕はしゃくり出しそうな喉元を必死で押さえながら、ただ行き来する彼の掌の罪悪感に耐えるしかなかった。あんなに綺麗な虹から僕は身を隠して、僕があの向こうに行くことはないんだろうなあ、と思った。


(こんなに近くにいるのに)






胡桃様に捧げた兎虎でした。
イメソンCP交換小説という素敵企画に恐れ多くも乗っかったものです……
ありがとうございました!





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