碧い地平線 その海はとても綺麗で、海岸線を裸足で歩いてもそのエメラルドブルーを濁す事無く俺の足を透かした。流木の欠片が踝に痛かったけど、俺は構わず波で柔らかくなった砂に足跡をつけ続ける。きっと後ろでにやにやしている金髪の男に気づかない限り、永遠とそうしていたんだろう。
「オデコ君ってさ、時々年に見合わないことするよね」
牙琉検事のサングラスの奥にある、深い、硝子玉みたいなブルーサファイアの瞳が、夕日を反射して俺を映した。
「ほっといて下さい」 「っはは、例えばねえ」 「人の話聞いてくださいって」 「あからさまな緊張状態、眉間に指当てて考える動作、高校球児や演劇部ばりの発声練習? あとは」 「もういいですから!」
なんだかすごく泣きたかったけど、今まで何百万人の女の子を落としてきた検事のキラースマイルの前で俺は成すすべがない。法廷の時と同じような冷や汗ダラダラの情けない顔を検事の前で晒しているのだ。 ぼんやりした潮風が俺の頭のてっぺんあたりを撫でて、ゆるく弧を描いたように思えた。俺は触角(牙琉検事が通称でそう呼んでる)を指の腹で形を整えてから、俺は潔く牙琉検事に向き直る。先程まで黒いぴったりしたサーファーの水着(何か名称があるのだろうが俺には分からない)だった彼は、今現在普通のボクサータイプの水着を着用していた。ったく、本人が自分のバンドのロゴ入った水着着るなんてバレバレじゃないか。
「本人が自分のバンドのロゴ入った水着着るなんてバレバレじゃないですか」 「それもそうか。折角オデコ君と二人きりでお忍びで来てるんだし、ね」
ニヤリ、と音がしそうな笑みを向けられ俺は思わず目を背けた。急に頭に熱が上るのがわかる。検事の発言から俺達の関係もバレてしまわないか俺は慌てて周囲の目を気にするが、当の本人は白い歯を惜しげもなく晒して、別にどうでもよさそうな顔をしていた。波の音も耳に入らない俺とは大違いだ。だって俺と検事の関係が知れたら、それこそ困るのは検事じゃないか。
「こ、こっ恥ずかしい事、言わないでくださいッ!」 「ほらあバレちゃうよ? もっと小さな声でおしゃべりしよう、ね」
耳元で囁かれて腰が抜けそうになる(女の子なら腰砕けは免れないだろうなと思った)けれどすんでのところで留まった。それより屈まれた事に恥ずかしさを感じている俺は慣れてしまったのか何なのか。熱くて朱い両頬と同じぐらいさんさんと命を燃やす夕日をバックに、検事はサングラスを押し上げた。 だってそうでしょ、こんな綺麗なサンセットビーチに、俺達二人だなんて。
「二人きりの時は名前で呼んでくれるんだよね?……法介」
思いの通じた日に約束した二人だけの秘密と、吸い込まれそうな硝子の青と、半分夕闇に染まった空と、橙色と薄墨を溶かした藍の境目は、きっと彼の掌の中にある。 それはきっときれいなものなのだ、と思った。
「……響也さん」
俺は言葉が下手だから、絶対上手く言い表せない。みんな知ってる。 だから代わりに、あなたから言葉がほしい。
「俺に、どうか詩をひとつだ……っつうわぁ!?」
突然彼は俺の貧相な肩に覆い被さってきて、なんだかよくわからないまま指を絡められそのまま額に唇が降りた。びっくりして表情を仰ぎ見ようとしても擦り寄ってくるせいで肩のあたりしか見られなかった。
「さっきから君ねぇ……僕がどれだけ理性判ってるのかい? 判っててやってるのかい?」
擦り寄る頬が離れたと思ったら、全くの前触れもなく頭が引き寄せられる。そこまで手は大きくないから、耳の少し後ろのほうに人差し指がきていた。でも俺よりは大きなほうだ。
「君が可愛い過ぎて気が狂いそうだ!」 「きょ……やめてくださいよ」 「今響也って言おうとしたね君」
そう言うと彼は聞いたことも無いような、とんでもなく低くて甘い声で、
「法介がお望みなら、幾らでも」
と囁いたのだった。 俺の腰が砕ける前に、最後の理性のみでこう言ってやる。俺に似合わない、さざ波に掻き消されそうな、吐息みたいな声で呟いても、彼なら気づいてくれるだろうか。いや、気づいてくれるだろう。
あなたが好き過ぎて気が狂いそうなのは俺の方ですよ。 だってさ、
キョオド好きすぎておなかが痛い…いっちゃいっちゃらぶらぶしてればいいなーと海に行ったとき思いついたものです 20130327 改稿
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