ごきげんよう、どうかしたんだろう 現代的でスタイリッシュな内装に比べ、幾分控えめな配色のカーテンが揺れるのを僕は見つめていた。毎晩仕事帰りに必ずこの家に通っている訳だが、僕はどうしてもこのカーテンが気に入らない。実を言うとカーテンだけではなく箪笥も買い替えたいと常々考えていたし、ベッドもダブルだけど少し狭い。…まあその分くっつけるから幸せなのに変わりはないのだけれど。そう感じるたび、新しいものにしましょうと僕が言うと、彼は眉を八の字にして、睫毛だけで笑って見せるのだった。 僕は嫌いだった。彼と彼女を結ぶ全てが嫌いだった。それでいて、彼女を捨てられない彼を好きになったのは他でもない僕なのだから、どこを探しても救いようがない。もしかしたら僕も彼と同じお人好しの類に入るのかな、とも思った。それだったらまだ許せる。僕と彼とのお揃いが増えることは僕にとって堪らなく嬉しいものなのだ。まるで彼と彼女のとの時間を僕で上書きしているみたいだったから。 「バニー」 このあだ名は彼専用の赤カーペットの様なもので、敷くたび敷くたび僕の心は彼にがっちり囚われていることを実感する。まさに完全ホールドだ。彼は大名行列よろしく人の心にずけずけと無遠慮に入り込んでくるから、僕はいつか同じことをしてやろうと密かに企んでいる。 「虎徹さん、愛してます」 「俺もだよ」 けれどそれは「今ではない未来のいつか」の話だから、まだ彼の中に僕専用の道を切り開くことは出来ずにいる。鏑木虎徹の内側からあの人をすっかり遠ざけてしまいたいと思っても、ただのバーナビー・ブルックスJr.には一生かかっても完全に彼から彼女の存在を拭い去ることは出来ないのだ。 彼が開かずのクローゼットの中身を見せてくれるのは一体いつになるんだろう。すっかり冷めたコーヒーを寂しそうなさそうに見つめる垂れ目が愛しくて愛しくて、有無を言わさず其処に唇を落とした。僕の自己満足には変わりない。頭を引き寄せるとリネンといつもの香水の香りがした。 「ん」 「こてつさん、」 虎徹さんの手は小ぶりながらも温かくて意外とすべらかだ。彼の掌が頬をなぞった後、おまけなのか鼻筋にキスされた。 「うわっ何これバニーちゃん肌超キレイ……それにしても、今日は甘えん坊だなぁ。どうかしたのか?」 「別に、どうもしてませんよ」 なんて嘘つきだろう。 「そうか?」 「…すみません」 「いいって、」 そうやって僕が話すのを拒むと、彼はちゃんと訊くのを止める。たまに深くまで突っ込んで来ることはあるけれど、その時は僕が大事な隠し事をしている時か、虎徹さんが精神的にやられているかどちらかで。 「虎徹さんは…物を捨てられないタイプですよね」 「あぁあぁ、なんか東洋人の性、ってやつ?血筋的にそうらしいな」 「僕は、」 過去を手離せないあなたが好きだ。 唇をなぞったのは自分の代名詞だけで、そこがとてももどかしい。甘えついでに押し倒すようにしてソファベッドに横になると、虎徹さんは僕の腕の中でちょっぴり目を細めた。 「お前にだったら、ぎちぎちに縛りつけられても文句言えねぇな」 彼の体温の高さに眠気を覚え、最後に視界の端に映ったのは、あの灰色をした憎らしいカーテンだった。彼と彼女を結ぶ銀の指輪と、全く同じ色合いのカーテンだった。
うさとらが天使すぎてつらい。二人には幸せになって欲しいです
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