カラメル色と夕闇





彼の身長はけして低くはないはずなのに、貸したエプロンは少々だぼついていた。俺の視線に気づいた彼が、だから三国さんが背高いんですよ、と頬を膨らませる彼が益々可愛らしく見えてきて、抱き締めるのを堪えるのがやっとの今の俺に料理なんてまともに出来るのだろうか。洗面台に映っただらしない口元を見ていると、永遠に不可能な気がする。
「お母様、何時に戻られるんですか?」
「ああ、確か高校時代の友達の家に行くとかなんとかで遅くなるって」

もうすっかり日が落ちている。カラスの鳴き声ももう聞こえない。おもむろにカーテンを閉じた神童の右頬に影が伝って、彼の中途半端にゆるく締めた(後日わかることだけど、この時神童もまた極度の緊張状態にあったそうだ)エプロンの紐がするり、とほどけた。
「あっ」
「おう、貸してみ」
「え、いえ、自分で」
「いいから」
腰あたりに屈んで、エプロンの青い紐を手に取る。小さな狭い背中はやはりまだ中学二年生のものだ。このまま結婚してしまえば毎日紐結んでやれるのになあ、なんてこと言ったら、神童はそれこそ究極に返答に困ってしまうだろう。口に出すのはやめた。






ちょっと鍋見てて貰えるかと言い台所を後にする。今日はカレーのはずなのにカレールーがまだ食料庫に置き去りにしてあるのを思い出したからだ。やっぱりいつもより集中力が落ちているようで、落としたため息の数は増える一方だ。ため息をばらまく、という表現のほうが正しいかもしれない。異変に感づかれないようごく自然な動作を装ってドアノブを傾けた。
ふわり、と漂うスパイスの香り。「あっ、ルーありました?」
こちらに顔だけ向けて振り返る彼は、そりゃあもう完全に、
「三国さんどうしたんですか? 気分悪いですか?」
「い、いや、大丈夫だよ」

――通い妻じゃないか!

幾分官能的な語句を喉元で縛り付け腹の底に戻すが、不思議そうに上目遣いする神童に俺が落ちない訳が無い。
「神童」
「ん、何ですか?」
「……お前可愛いなあ」
「な゛っ!?」
口に出したら出しただけ、次の言葉が溢れた。首もとまで真っ赤にして、やっぱり可愛い。
「一人で紐結べない所とか」
「……それはたまたま」
「いらないって言ってるのに土産持ってくる所とか」
「エチケットです!」
「食べ物食べるときの舌使いとか、あれ自然とは程遠いだろにぶにぶめ」
「えっ……そんな意識してませんでした」
「もう、もう全部可愛いんだよお前!」
「そっ……そんなこと言ったらあれです、あなたのほうが可愛い」
「冗談も程々にしておけよ!?」
反射的に彼がばっと顔を上げると、丁度目線が合って二人して苦笑した。言葉にしてみたらそれほどなんともなかったので、嬉しさと少しの寂しさとカレールーを鍋に投入することにした。そうだ。卒業してしまえば、こんな生活も当分、出来なくなるだろうなあ。

十分後母さんから電話がかかってきて、明日の昼まで帰れないと聞くまでは、俺は平常心でカレーを作り続けた。








お泊まりシリーズ第二段。次こそちょっと危ないのになりそうです。





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