Je t'adore!
今日も母は仕事でいない。今になっては慣れた家事作業だけど、それでも向かいにぽっかり空いたダイニングテーブルの背もたれは、やっぱり嬉しいものではない。
彼がそこを埋めてくれるようになったのはつい最近のことだ。
三国さんさえ良ければ大丈夫ですよね、俺三国さんの家泊まれますよね、いいですね? そんなに急かさなくっても俺んちは逃げないし母の休みも増えることはないのが少し可笑しかった。こんな庶民的なアパートより自室の絹のシーツの上のほうが断然気持ちよく寝られる筈なのだが、彼はふわふわのセミロングウェーブを初春の風にさらして、
「俺はそっちがいいんです」
とか言うもんだから、週に一回程彼の訪問を許すことになってしまった。いや、別に嫌という訳ではないことを最初に断っておく。むしろ前述の通り嬉しいぐらいなのだが、まあ、思春期だもの、中学三年生男子の部屋には色んなものがあるわけだ。勿論他人に誇れるものではないから、毎回隠したりなんだりしている。それに彼はそう、何だか「そういうもの」と疎遠そうだから、尚更罪悪感を感じてしまう。多分気のせいではないはずだ。
もう一つ言い訳すると、まあ彼はよく女の子に間違われるだけあって可愛い。そうだ可愛いのだ。だから……白状すると俺と神童はつい一週間程前から付き合い始めたのだ(自分がホモだなんてまあ現実味のないことだけどそういうことなんだろう)。
下心をどっさり抱え込んだまま彼と一晩中同じ部屋で寝るなんて、どう考えても苦痛だった。





「お邪魔します」
玄関のドアががちゃと大きな音をたててから彼が俺の部屋に入ってくるのに、さほど時間はかからない。別にいいと言っているにも関わらず神童の左手の紙袋にはやはり高級パティスリーのロゴが刻まれている。もうすっかり暖かいですね、なんて意外としっかり曲線を描く眉がほころいだ。
「今日と明日は練習無いから、絶対早く来ようと思ったんです。自主トレも早めに来て終わらせちゃいました」
「ご苦労様。フランソワーズのムースあるけど食べるか?」
「いただきます!」
そういえばフランソワーズはフランス語だったよなあと思いながら冷蔵庫に手をかけたら、「愛を囁くなら仏語」というフレーズも思い出して急速に頭に熱が籠る。確か何かのテレビ番組で見てしまったのかと芋づる式に記憶を辿るけど、それ以上はつるが切れてしまっているようで思い出せなかった。ほのかな桜色のムースにぱっと目を引くラズベリーと俺、どっちが赤いんだろう。


母がつい先日親戚から貰ってきたアンティークの小皿が、神童に驚くほどよく似合った。一口ずつ、丁寧にムースを唇に押し当ててからするりと舌に絡ませる。狙ってやってるんじゃないかと思うぐらい艶かしいそのスプーンの残像が急に、自分に向いた。
「三国さん……口開けて、ください」
「あ、え?」
「ほら……あ、あーん」

ご丁寧にソースのあるところを掬ったらしく、つやつやしいそれは甘酸っぱくて美味しかった(自分で言うのも何だな)けどそれよりこれ神童の使ってたスプーンじゃんこれってもしかして間接ナントカじゃんしかも目の前にいる彼は顔いっぱいを真っ赤に染め上げていて、
「いっ……嫌……でしたか……」
とかぼそぼそと恥ずかしがっている。
嫌じゃないに決まってるだろ! 声を大にして叫び出したい気持ちをなんとか押さえつけたけれど、やっぱり我慢はもう臨界点に達していた。
「神童ごめん俺もう限界だ」
「え? どういう、ッ!」
塞いだ唇からはさっきのフランソワーズの味がして、ああこれは舌が離れた時に口寂しくなってしまうんだろうなぁと思った。押し倒したベッドの掛け布団がふかり、と音を立てて神童を受け止めたのが少し腹立たしかったなんて言ったら彼はなんて顔するだろう。
「ん、ふ……」
「……す、まな」
「いいんです……ってか、俺からしようと思ってたのに」
「え」

「おれ、三国さんすきですから」

それはムースに負けないとろけるような笑顔だったから、二回目のキスも融けるように柔らかくて温かくてゆっくりだったのを俺は覚えている。







続く……はず……!
三拓お泊まりシリーズです。初ちゅーです。
何だか不健全な方向に進みそうでちょっと怖いです!笑 続きは十五禁あたりにはなるかな?
二人で料理つくるはずだったのにつくったのは三国さんだけでした まる





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