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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




それでもまた、恋を act.1


血臭漂うなか、妖狐は赤仔と出会った。躰に似合わぬ大きな剣を手にした赤仔。そこからは、大量の雫が滴り落ち地面を赤黒く染め上げていた。赤仔の周囲には、斬り落とされた腕や足が無惨なかたちを成していた。原型を留めている屍は皆無であった。血臭の原因が目の前の赤仔と悟ると共に、妖狐は面白そうに顔を歪めたのだった。

「クククッ。気に入った」

こちらの気配に気づくと同時に、その赤仔は血に濡れた剣を向け威嚇する。大した度胸だ。

「ついて来い」

銀髪を靡かせ妖狐は歩を進めた。その後ろからは、ズルズルと剣を引きずりながら後をついて来る赤仔。隙あらば、と、こちらに殺気を滲ませたまま。

妖狐が根城につくと、植物で造られた結界がとけてゆく。その様はまるで主人を招き入れるかのように忠実に。

「喋れるか」

生まれて間もないであろう赤仔。妖怪のなかには、生まれ落ちる前から優れた五感を持つ者が稀にいる。おそらく、この拾った赤仔もそうなのであろう。でなければ、あの光景に説明がつかない。妖狐のセリフに、苦虫を潰した表情をした。赤仔には似合わぬその表情に、妖狐はますます上機嫌になってゆく。

「名は」

「・・・。無い」

「無い、だと」

「10日ほど前に生まれたばかりだ」

10日でもはやこのクラスの妖怪に駈けあがるとは、と、蔵馬は内心瞠目したのだった。

「親はお前に名を与えなかったのか」

「親などいない!いらない!」

赤仔特有の癇癪な悲鳴というよりも憎悪が塊となって溢れた声色。その直後、始めて赤仔らしい無垢であり淋しげな表情が、まだまだあどけなさが残るそれを覆った。それで妖狐は察したのだった。この小さな赤仔が親に見棄てられたのだ、と。消えない心の傷口からは、赤仔自身の血が見えるかのようだった。魔界では不思議ではない。寧ろ、親と共にある方が奇妙に他人には映る世界。しかし、それは勝手な解釈なのであろう。棄てられた側からすれば、みな、同罪だ。如何なる理由があろうとも。そして、その憎しみを糧に生きてゆくしか術はないのだった。この血に餓えた弱肉強食の世界では。

「そうか」

「・・・。貴様もこれが目当てか」

“これ”と云われたものに視線を向けたが、妖狐の金褐色の瞳からは、赤仔が今日迄見た毒々しいものが一切なかった。それに気づき始めて赤仔は当惑した。

「フン。そんなもの興味はない」

「盗まないのか?」

「盗賊からは足を洗ったのでな」

「・・・。じゃ、なんで」

「なに、人の縄張りで血臭をあげた奴の顔が見たかっただけだ。意外な奴だったんでな、ここに招待してやったんだ」

ますます赤仔は判らなくなる。

「縄張りを汚したら殺したいと願う。この前の奴らはそう云っていた」

「クククッ、それぞれだろうな」

「・・・。判らない」

氷泪石も盗まない、殺しもしない、・・・

「生きてゆく目的がないからな、もう俺には」

ただ緩慢に、時が奏でる柳のように。

「俺は、ある」

赤仔の脳裏に焼きついた光景の数々がリプレイされてゆく。俺は生きる、生きて生き延びて、彼の地に住まう者たち全てを。

妖狐は理由を聴くでもなく、淡々と、それでいて、確固たる意思で赤仔に光が指し示す方を示したのだった。

「そうか。ならば、強くなれ“飛影”」

「・・・。ひえい?」

始めて教えられた言葉をなぞるように紡ぐ。首を微かに傾け、銀色の髪の所有者を仰ぎ見る。

「そうだ。お前の名だ」

「俺の、名?」

・・・、名前。

そうだった。これ迄、己には名前を呼んでくれる者などいなかった。ばかりか、名さえも己にはなかった。

赤仔はほんの僅か、口元を嬉しそうに綻ばせたのだった。それは、ここに来て、いや、おそらく生まれ落ちて始めて見せた表情だったであろう。その表情が金褐色の瞳に映る。そして、不思議な感情が妖狐のなかに沸き起こるのだった。

妖狐はその後、その赤仔を片時も離さなかった。なんの気まぐれか、妖気の扱い方からここ魔界で生きる術を教えた。盗賊のノウハウも1つ1つ丁寧に。赤仔も如何にも不器用そうに、少しずつ少しずつ妖狐に対し警戒心をといていった。照れ隠しのような笑みも溢すようにもなった。妖狐が赤仔の名をよぶと、目元に桜の花を咲かせ、どこ迄もついてゆく。始めて見た親鳥を、本物の親と思い込むそれに限りなく近くはあった。疑似親子のようであり、疑似兄弟のようにも見えた。他人からすれば、ただの馬鹿げた家族ごっこと見え、嘲弄の類いに属するであろう。それでも2人は満足だった。赤仔は始めて与えられる数々に。妖狐は最後に与えられる穢れの知らぬ無垢な癒しを。

しかし、それも長いことではなかった。

ある日。赤仔が目覚めるといつも隣にいる妖狐がいなかった。冷たいままのシーツの上を、赤仔の小さな紅葉の手のひらが、名残を記憶するかのようになぞる。押し寄せてくる絶望的な不安と、強烈な裏切りへの増悪。

・・・、また棄てられた。

始めは要らないという理由で。今度は、その理由さえ定かではない。それがいっそう絶望に繋がった。

赤仔の真っ赤な瞳からは透明な雫が落ちてゆく。生まれ落ちてから、始めて流すそれが、涙であると知った。

1日、2日。僅かな期待だけを頼りにし、赤仔はそこで待ち続けたが、とうとう銀髪の男は帰っては来なかった。もう、2度とあの低く美しい声で己の名を呼んではくれないであろう。その日さえも来ないであろう。

赤仔は魔界の奥へと歩き始めた。たった独りぼっちで。妖狐への思いがなんという名に値するのかも判らずに・・・





飛影のあの剣は躰には大きく負担もかかる。さる情報から腕のよい武器のバイヤーがいる場所をつかんだ。人間界と魔界の狭間。そんな危険地帯に店をかまえているだけに、豊富な剣の数々に蔵馬は満足した。そのなかから1つを選んだのだった。少しばかり小ぶりのものへと代えた方が飛影の長所であるスピードを生かせる。そう、妖狐は考えたのだった。自ら盗賊を辞したと云いながら、あんな赤仔相手に喜ぶ顔が見たいが為にまた危ない橋を渡ることとなるとは。そして、どうやら取り返しのつかぬ失態を演じてしまったようだ。

「グッ。・・・、フ、クククッ、なんたる様か」

重たくなる躰が忌々しい。手足が意思を裏切る。呼吸器が巧く機能しない、ばかりか、嘔吐と繰り返す血の塊。白装束からは、もはや、赤々としたものしか映してはいなかった。躰の傷口からは血が大量に地面へと留まることを知らぬ濁流のように流れ続けていた。おそらく、致死量の赤い赤い血。妖怪どもに畏れられた妖狐ともあろうものが、たかだかハンターごときに遅れをとるなどと。気づくと、赤仔へと渡したいその剣を庇っていた。傷をつけないように、と。おそらく妖狐は、その剣に赤仔を投影していたのであろう。それが結果として重大な過失を生んでしまった。

「・・・、飛影」

帰らなければ、あの赤仔の待つ場所へと。またあの赤仔に悲しみを植えつけてしまう。購えようのない深い傷口を残してしまう。あどけなく無垢な心に。妖狐は愛情に対し不器用な赤仔を憂いた。お前の成長をこの目で見てゆくつもりだった。お前が自身の力などなくなるその日迄は、と。緩慢な死を望んでいたにも関わらず。お前と共にあると、不思議と心が凪、そして、退屈しなかった。この感情は、父性愛なのだろうか、それとも、別の名をつけるべきなのだろうか。ただ、はっきりしていることは、赤仔を愛しいと思う気持ちのみであった。

しかし、1度閉じられた瞼は、2度と開かなかった。魂だけが妖狐の躰から舞い上がり、暫し逡巡する。まるでそのさまは未練による行動のようでもあった。そして、それは強い光を放つと同時に、確固たる意思を持ったかのように人間界へと落ちてゆくのだった。

──必ず、お前を見つける。

新たな肉体を見つけて、必ずや。

あれほど死を望んでいたにも関わらず、死に際になって強烈な未練が発覚したのだった。そして、それはそのまま妖狐の生き延びる決意を露にしてもいたのである。

魂になるほんの僅かのタイムラグ。その時間帯にあらわれた矛盾。無意識に妖狐は夢幻花の花びらを口に含んだのだった。愛しい記憶を無くそうとも赤仔は見つける。始めから新しく。例えどんな姿であろうとも赤仔に自身は好意を持つであろう。その自信、あるいは不遜さが後々妖狐自身と赤仔を傷つけると知らずに。





※ ※ ※





「貴方の名前をまだ聴いていなかったね」

先ほど刃を向けられた妖怪に蔵馬はそう尋ねた。その瞬間、眼前の彼の瞳に悲しみの色が浮かんだ。

「飛影、だ」

聴覚に聴き入れるのがやっとの小さな声。それと共に、彼は八つ手を倒すべく闇夜へと飛躍してゆく。

「・・・。飛影?」

蔵馬はその名を口にする、何故か不思議と懐かしい思いがしたのだった。それとも、恋い焦がれたとよぶ方が相応しいであろうか。蔵馬には判らない。ただ、心の空洞化した部分が、埋まったかのような錯覚を覚えたのだった。

セカンド・ラブ。その足音が、2人の背後に迫ったと、まだこの時の2人は知らない──










Fin.
2012/5/25
Title By 確かに恋だった

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