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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




背に禁忌敬虔、秘する告解 act.1


何故なのかさっぱりだ。

電車に揺られての高校生活。毎朝毎朝、飽きもせず、いや、語弊があるな、ここを通学にしなければ学校には行けないのだから。しかし、問題はそこではない。乗車率120%ごえ、も、まあいたしかたない。皆、多かれ少なかれ忍耐しているのだ。己ばかり不平をとなえたところで、却ってこの空気密度が薄い状況では罵声がとぶ。苛々鬱々を各々まぎらわす為に、本を読んだり、耳にイヤホンをあてがうなどしてこの密閉の箱が自分自身の降りる場所迄耐えているのだから。問題は、その乗車率を利用している不埒な輩の方だった。そう、所謂痴漢!

どうしてだ。俺は男だぞ?が、その疑問も、ほぼ毎日となると慣れてしまうから恐ろしい。それに、下手に騒ぎたて、男の己が痴漢に合っているなどと云って誰が信じる。変態烙印を却っておされかねない。捕まえて、駅員に抗議したとて、結果は同様であろう。ゆえに、いつもいつも我慢していた。1度だけ、その不埒な手をつねったことがあるが、返ってきた不気味な含み笑いが己をゾッとさせた。こういう危ない奴に抵抗したら、却って頭にのると気づいたゆえによけいになにも出来ずに今にいたる。

その朝も、同じ駅を通過すると共にきた。またか!いつも、この駅からだ。この駅から乗車するのだと思い、過去幾度となく乗車する場所を代えたりもしたのだ。時間を速めたり、逆に遅めにしたりも。が、速めに出ていくと朝の弱い己は必ず授業中居眠りという結末を迎える。それでなくとも成績は芳しくないのだ、教師たちから睨まれよけいな補習授業はごめんだ。しかし、遅くすれば遅刻しかねない。そんな風に、代えた当日はよかったのだが、次の日には何故か見つかる。同じ奴に違いない。そいつはおそらくゲイやホモといわれる者なのだろう。それも、とびきり危険人物。

云いたくはなし認めたくもないのだが、何故か男に思われたり、あまつさえ、告白されたりすることが多い。剣道部の尊敬に値する先輩だと思っていた武威にしても、隣のクラスでなんの接点もなかった奇淋にしても、同クラスであっても、ろくに話しをしたことがなく、ばかりか、なにかと喧嘩をかけていた是流にしても、だ。いきなり押し倒されれば、他の者であったならば震えあがるところであろうが、飛影は違った。武威はその近くにあった棒でひとふり、奇淋の際には腹部を数度に渡り殴り、是流の時は頭の血が最高潮にのぼり、男の大切な息子を再起不能になるのではなかろうかというほどの力で蹴りあげた。冗談ではない。己はノーマルだ。普通に女の子と付き合ってみたいとも思うし、キスやそれ以上のことも興味がある、ごくごく普通の男子高校生だ。友人の幽助みたいに、速く彼女が欲しい。が、その幽助は「シスコンをなおしてから云えよ飛影」、などとからかう。た、確かに、雪菜には甘い自覚はあるが、普通だ絶対。妹を可愛がってなにが悪い。そんなことを幽助が聴いたならば、「やれやれ」とでも云うであろう。

しかし、この痴漢は違っていた。武威たちなどは自分自身の気持ちをぶつけるだけマシだ。こそこそと、こちらが大声を出せないことを承知の上でやっている。これだから、痴漢は赦せない。悪質であり陰険極まりない。飛影は男であるのに、女の恐怖感を味わされたことに対しても、矜持を傷つけられていた。

臀部をそろそろと撫でられる。が、違和感が走る。いつもと触り方が違う?何故か知らぬがそう感じた。

その手は徐々に大胆なものへと代わってゆく。太ももをなぞられ、ポケットのなかへと入ってきた。なんだ?そう思っていると、ポケットの上から萎えているそれを握られた。

「ッ!」

我慢だ我慢。あと2駅で通う高校がある場所に辿り着く。しかし、飛影のその忍耐強いところが却って仇となった。痴漢は勝手に了承とうけとり、あろうことか更に飛影のそれを扱き始めたのだった。そればかりか、耳元にハアハアと耳障りな鼻息が聴こえ始めたのだった。

冗談ではない!飛影は始めて相手を八つ裂きにしたい衝動がおそい、その不埒な手を捻りあげようと試みた。

が、しかし。その飛影より速く動いた人物がいた。その男は、痴漢の手を飛影のポケットから引き抜くと共に、腕が折れるのではなかろうかというほど、強く握りしめ捻りあげていたのだった。痴漢は唸り声と、痴漢特有の弁解を大声で叫ぶ。しかし、このような場合は得てして先入観が混じり冷たい視線が痴漢を包囲するものだ。案の定、その痴漢、そして、飛影と痴漢を取り押さえた男の周囲は、まるで、蜘蛛のこを散らしたかのようになる。一瞬、飛影はその場にそぐわないことが頭に過った。この電車、まだこんなにスペースあったんだ、と。

次の駅で停車すると、痴漢共々その男は降りた。飛影もその男に促され渋々ながら降りた。あのまま周囲に晒し者になるのは躊躇われる。駅員に痴漢を預けると、とんでもないことを男は云ってきた。「貴方可愛いから気をつけてね」。こいつもホモの類いだろうか。と、ほんの僅か不安がおそう。

男はサラリーマン風。長い漆黒の髪に、切れ長の瞳。その瞳は翡翠の宝石を思わせるほど美しかった。それだけではない。鼻筋も通っており、モデルでもやっていた方が納得してしまうような顔立ちであった。名を南野蔵馬。一応痴漢から救ってくれたのだからお礼を云うと、おもむろに名刺を渡された。裏には私用の携帯ナンバー。

「お礼なら、今日付き合ってよ」

「・・・。は?」

「美味しいアップルパイがあるカフェ知ってるんだけど、1人ではなかなか入り難くて。付き合って」

なんだ、“そっち”か。

「甘いの嫌いかい」

「いや」

寧ろ、好物だ。

「じゃ決まり、ね」

連絡に困らないようにと、男の携帯ナンバーにワン切り。マナー音と共に、蔵馬はスーツのうちポケットから携帯を取り出した。

液晶に1つの携帯番号を確認する。その瞬間、蔵馬の笑みが奇妙であったことにこの時飛影は気づき得なかった。

飛影は次の電車に飛び込み学校へと再び走り始めた。蔵馬はそれを爽やかな笑顔で見送ると、うってかわり唇の端をあげニヤリと微笑んだのだった。その蔵馬の隣に、腕を擦りながら先ほど飛影に不埒な行為をした痴漢が歩みよって来た。

「随分と強く捻ってくれたものだな蔵馬」

「フフフ。そっちこそ、名演技だったよ。ありがとう。礼は倍にするよ時雨」

誰にも気づき得ぬ自然な動きで、蔵馬はその痴漢のポケットに幾枚かの福沢諭吉を詰め込んだのだった。

「それで美味いランチでも食べてくれ。予定の金は直接お前の事務所に振り込む」

「まさか、お主からこんな依頼を請けるとはの。お主の方こそが、と、口止め料金も別途で要求したいくらいじゃ」

「探偵家業はつらい、か?あのまま警視庁の捜査一課の警部を勤めていれば、金に不自由はなかっただろうに」

「儂には刑事は向かぬ。こうして、世の中に混ざり下らぬことの方を見て手助けしていた方がよほど面白いゆえな」

「クククッ。貴様も充分変態だな。しかし、下らないとは心外だな。純真無垢な愛情なのに。それじゃまた」

変態に変態呼ばわりされ、尚且つ、純真無垢発言に時雨は眉をしかめた。全くもって、元刑事に痴漢をさせようだなどと考えるのは、お主だけだ。時雨は、剣飛影の顔写真つきの資料をそっとのぞき見た後ため息が知らず知らずのうちに零れていた。そして、その場で資料を破った。おそらく、もう必要となることはなかろう。事務所にバックアップしているものも同様の運命を辿るであろう。時雨が有している守秘義務は、建前の云い訳といえた。いつ迄も持っていた方が危険な気がしたのだった。その勘は、元刑事のものでも現探偵の勘でもなく、本能によるものであった。“あの”蔵馬が赦すとは思えん。

駅を後にしながら、旧友の嫉妬深さをも思い出し、背筋を凍らせると共に、些か仔羊たる剣飛影に同情をよせたのだった。





部活の後、待ち合わせのカフェへと赴くと、なるほど男は入り難いつくりになっていた。ロココなアンティークが品よく並べられ、椅子やテーブルにしても、モダンでありながら場をそこねない調度品。

「ごめんね待たせた」

穏やかに笑みを浮かべる蔵馬の顔を見て、何故か知らぬが飛影は1人赤面した。だからであろうか、つい、つっけんどんに返してしまう。

「いや、今来た」

「ハーブティーなんかもおすすめ」

「そうか。常連なんだろ?任せる」

こちらが歳上であろうが、ぶっきらぼうな喋り方に、蔵馬は内心で微笑を溢していた。やっぱり、貴方は可愛いい、ね。その瞳はそう語っていたが、飛影は気づかずそっぽを向いてしまった。

やがて、焼きたてのアップルパイにバニラのアイスクリームがトッピングされたものが、2人のテーブルに運ばれてきた。1口頬張ると、ほどよいシナモンが口のなかに広がり、後を追うように甘いバニラがとけてゆく。

「どう?気に入った」

「美味い!」

「それはよかった」

洗練された仕種でもって、蔵馬は1口ハーブティーをすすり穏やかに笑みを浮かべた。その笑みを見た瞬間、飛影の胸がドキリと跳ねた。

・・・、なんだろか、今のは。

チラリ、と、蔵馬の顔を見る。仕事もおそらく出来るだろう。顔立ちも、女と見間違えてしまいそうな美しい指も、その指が優雅にフォークを扱うさまさえも、1枚の絵であるかのようだ。女にモテるだろうな、と、考えると今度は胸に針が刺さったかのような錯覚におそわれた。あの指だったならば、・・・

ならば?ならばなんだというんだ。

美味いとすすめられたハーブティーを呑む。確かに、このアップルパイとの相性は抜群だ。しかし、周囲の視線がこの美味さを何故か半減させた。これだけ美形なのだ、周囲が黙ってはいないであろう。今とて、この様子なのだ。こいつだって気づいていても可笑しくはない。女たちの品定めするかのような視線が気に入らない。

「そういえば、君、名前は」

「・・・、剣飛影」

「飛影、か。クスクス、可愛らしい名前だね」

「俺は男だ!」

「ごめんごめん」

この日を境に、この7歳歳上の蔵馬とは甘味仲間となる。そして、数ヵ月の後、恋人同士に、も。

それと共に、痴漢は飛影の前からかき消えた。

「クスクス」

今でも時折思い出す、あの含み笑い。その傷を1つ、飛影の心に深く刻み込んだまま──










Fin.
2012/3/30
Title By 確かに恋だった
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※続編ぽいもの→「誘惑者は略奪詐欺師

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